「第3回 旅程を他人に押し付けろ! ~行程シャッフルフェスティバル~」
「旅程を他人に押し付けろ! ~行程シャッフルフェスティバル~」とは、一人旅の日帰り旅行予定を作って、それを他の人に押し付ける、という旅企画である。自分が作った旅程を渡して、自分は受け取った誰かが作った計画に沿って旅行するというトンチキ遊びである。
前回開催が2023年10月でじゃあ一体去年は何をしていたのかと思い返してみれば、なんてことはない、国道4号制覇の旅をしていただけだった。
シャッフルせずに、運転をオルタネイト(代わる代わる)実施して一路日本橋から青森を目指すというこれはこれで酔狂な企画である。まああれで一番大変だったのは青森に到着した後翌日の行程のためにむつに移動したにもかかわらず翌日の大間の船便が欠航してしまい結果奥津軽いまべつまで戻るというわけのわからないことをしたからなのだが、まあそれはいい、そいつの話はいいんだ。
それよりもなによりも、行程シャッフルフェスティバルである。
2025年11月23日。
三連休の中日に決行された。
今回のレギュレーションについては下記に詳しい。
特筆すべき点としては、今回は行程を「誰向けに作るか」が事前にわかっていることだ。つまり、相手を分かったうえで何をやらせるか決められる=相手がやらなそうなことを無理やりやらせることができる、と言うわけだ。
作る側としては大層面白いわけだが、貰う側としてもいったい何をやらされるんだ、と気になって仕方がないわけである。
また、当然事前の打ち合わせなどはしないので、ある程度行先などが被ったりすることはある。前回、会津若松でちょうど別の参加者と会ったりもしたが、全くすり合わせていないのにそう言ったことが起こるのはこの企画の妙である。
とにかくもう、当日まで作った側としても渡される側としても気になって気になってしょうがない、そんなイベントであった。
今回も参加者は4名で行われた。
起点および終点については小倉駅(福岡県北九州市)。
小倉発小倉着でそれぞれが1日分の旅程を作り、電車等の事前に予約しているものや行程上必要なものは作成者が用意。前日までに用意できないもの(例えば施設の利用料など)は現金で用意して一緒に入れておくなどする。
あとは具体的な行動予定の一覧表と、人によってはそこに資料や、付属品など。レギュレーションとしては別段行程表だけが入っていても問題ないのだけれど、結構みんないろいろ資料やアイテムを用意しているものである。
誰が行程を作ったのかというのは最後到着してから予想と共に発表が行われるため、今回は個性が出にくいように行程表は同じフォーマットで統一されることとなった。
その行程表を印刷して封筒に入れておくなど、前日までに様々準備を済ませ……いよいよ、開催前日を迎えるに至ったわけである。
◆前日
<集合前>
3名はとっとと福岡に集まっていたので、前日は適当に遊びに出かけたわけだが、この時間の会話というのは実に面白いものである。
全員、自分が明日どこに行くのかを知らない状態であり、そのうえで、誰か1人分の行先を知っているという状況なので、自然と「明日こんな場所に飛ばされたら怖い」だとか「明日もここに来る人が居そうだ」などという会話が発生するわけだがこれが面白くないわけがない。しかもこの面白さ、全体で共有している類の面白さではなく、各々が各々の中でだけ面白いというこれはもうさながらボードゲームの会話パートのようですらある。
さらに言えばこれはもう翌日の行程に対する伏線みたいなものですらある。ここで話した冗談みたいなことが起きたらもうそれだけで面白いし、起きなかったとしても面白い。そういう時間である。
前回はこのタイミングで出発時間の話をしたもので、夜中の1時とかに行程を交換するのに5時の始発なんか押し付けられた日にはもはや仮眠しかできないじゃないかみたいな話をした後でしっかり私が始発を引き当てるなどした。あとは、前日車の運転でやらかした人が翌日しっかりレンタカーを借りていたりとか、もう何でもあり、なんでも伏線。
考えてみれば当然のことである。だって、各々行程を組むにあたって様々下調べをしているわけで、始発の時間だとか、始発の行先だとか、ややトリッキーな動きをするための経路だとか、それくらいのことは頭に入っているわけである。頭に入りながらの、「誰かまた始発で行くんじゃないの」とか「誰かあの長い時間のやつ乗せられるんじゃないの」みたいな会話。醍醐味。ずっと味しかしない。
小倉に泊まるというのに日が暮れるまでギリギリ熊本県なあたり(荒尾)に居たせいでドタバタしたりしつつも、無事に到着し、4人目も夜になって合流。
ホテルにて、行程のシャッフルもとい押し付けの会が始まった。
<前日:行程押し付け会>
今回は押し付け先が事前に決まっているので抽選という形ではなく、それぞれが対象者のベッドに行程一式を突っ込むことで受け渡しを行うこととなった。
ツインルームを2つ確保していたので、各々が自分のベッドとわかるようにした状態でロビーに集まり、1人ずつ2部屋分のカードキーを持って行程表を仕込みに行く。私は2番手くらいだった気がするのだが覚えていない。が、確か初手ではなかったと思う。
自分の部屋に行き、隣の友人のベッドに行程表を仕込んだあと、敢えて、全く関係ないはずの部屋に行くだけ行ってなんとなく「人が入った感」を出すという誰もそこまで見ていないだろうけれど一応やっておくと面白そうな演出もしつつ、ロビーに戻った。
全員仕込み終わったところで、今度は各々のベッドに仕込まれた行程表を受け取るターンだ。
自分の行程がどんなものなのか、というところと、自分の作った行程を受け取った人の反応がどんなものか、という両方の気持ちを持ちつつ、具体的な内容を開示しない形での明日に向けての会話(感想戦の逆、いい言葉が分からない。意気込み……ではないと思う)が始まるのだ。内容見たらいろいろ話したくなる。でも具体的な行程などはネタバレになるので大っぴらには言えない。この時間は誇張なく体温が2℃くらい上がるくらい熱くなる。気持ちは難しい、ぐちゃくちゃ、いい意味でぐちゃくちゃ。言葉にするならば、あー、とか、うわーとか。そういう感じ。
とにかくこの行程表を受け取った瞬間、自分が明日どんな動きをするのかがわかり、急に現実となって襲い掛かってくるのである。だいたい0時とかにやっているので、4時間だか5時間だかすれば最初のメンバーが動き出す頃だろう。それくらいにもう差し迫った時に初めてわかるとんでもない行程やトンチキ指示。
もっと言えば、行程表入りの封筒を手に取ったその瞬間からいろいろ読み取れることがある。
私の場合は、いたって普通の茶封筒であった。
A4サイズの紙がゆったり入るサイズの茶封筒。厚みはそこまででもなく、重くもなく、ややクシャっとした感じの封筒である。持ち上げたときに少しジャラっとした音がしたので小銭が入っている様子で、恐らくバス乗車か施設の入場料などがありそうだ……という外部からの感触で探りを入れているところで気が付いてしまう。
何か硬く、板状のものが入っていると(これについては後で取り出した時のタイミングで紹介したい)。
いやいやこれは……と中身を察しつつ、封筒を手に取って封筒の開封会をする部屋に向かう。
集まって全員で一斉に開封をして、ここからが行程シャッフルフェスティバルの本番前最後の会話時間となる。
私の手に渡った封筒からは所定のフォーマットの行程表1枚のほかに、道中実施すべきミッション用の資料が4枚に、現金と切符、それから余計なものが1つ。やっぱり想像した通りの余計なものが入っていて頭を抱えつつ「なんか入ってんだけど」などと話しを始めたり。
周りでも「あー」とか「うわー」とかから始まって、「なんだよこれ」「おい待て」が続き、だんだん深く読み込みつつ、他の人の行程に探りを入れつつのような会話が続いていく。
行程の中身は見られないが、何かおまけのついている人は自然と目に付くのだが、1人、横幅20cmくらいのしっかりした造りの紙袋? のようなものを2つも持たされている人もおり、早くもカオスな様相を呈していた。見た瞬間申し訳ないが自分のことは棚に上げて大爆笑した。
そうしてとりあえず行程を読み込みつつも、明日の出発時間は共有をする必要があるので各自発表していく。
私は朝6:39に小倉駅出発予定である。まあまあ早めではあるが、前回5時の始発に乗せられたことを考えれば比較的まとも……かもしれない。
とはいえ11月下旬の朝6時半は夜明け前と言って差し支えないだろう。
にもかかわらず、私の出発時間は4名中3番目だった。
そう、今回も始発出発者が出てしまったのだ。
しかも、小倉駅の始発は4:51である。早い。早すぎる。
聞いた瞬間申し訳ないけれど大爆笑した。
夜中の0時過ぎに腹が捩れきるかと思った。「まあさすがに始発はな微妙で1本後ろの快速が5:10だからそれが最速だろう」とかいう会話をした直後に出てきたのでしっかりフリも効いており、なおかつわかっていてその会話に混ざった人が1名はいるという事実もまた面白い。
ひとしきり大爆笑して、そのうえでまあそんな始発の人もいるしとっとと寝ないと、ということでその場は解散となった。
◆当日
<出発>
6:20あたりでホテルを出発。
駅から近いホテルに宿泊しているのでもう少し遅く出ても良かったのだが、早めに起きたのでそのままの流れで出発することにした。
まだ外が暗いですがもう2名も出発しているらしい
— bays_son (@_beyson_) 2025年11月22日
こちらも行動開始 #行程シャッフルフェスティバル
案の定外は暗い。東側の空はやや明るんできていたものの、早朝も早朝と言った雰囲気だ。

調べたところこの日の北九州の日の出時刻は6:56だというから、これはまあ朝と言うのはまだ早すぎるだろう。
これで始発が出てからもう1時間以上経過しているというのだから驚きだ。始発が出た頃なんてすっかり夜だろう、と思うと、それに乗っていった友人のぼやきというか嘆きが聞こえてくるかのようである。

そんなわけで駅にはすぐ到着したので、まず行程表の最初の指示に従うことにする。

乗車時間が長いので飲食物を買い込んでおけということであるが、これを読んだ時、私はまず「小倉駅って改札内に飲食店が結構あったよな」ということと、「まあその上で弁当とかも買おうかな」ということを考えていた。せっかく小倉駅なんだし改札内のうどん屋に行ったらちょうどいいだろう、と。
で、改札に入ったらこれ。


やってない。
6時台には店がまだ開いていない。駅のうどん屋はギリ朝開いていてもおかしくないかと思ったけれど、朝すぎたようだ。ダメか、ダメなのか。まあだいたい立ち食いそばとかも7時からだもんな、だいたい。
ということで気を取り直して、何かこう、駅弁でも調達しようかということだが、こちら。

まあそんなことだろうとは思っていた。知ってた。見えていた。
だよなあ。
なので、唯一駅構内で営業していたファミリーマートで軽食を調達して、列車に乗り込むこととなった。

<移動①>
小倉駅 6:39発 日豊本線・特急にちりん3号 宮崎空港行き ⇒ 宮崎空港駅 11:50着
とにもかくにも、まず最初の移動である。
1発目はこれ。


特急の「にちりん」である。小倉駅でお目にかかるのは珍しい。
「にちりん」というやつは今の日豊本線だと基本的に大分と宮崎の間で運行されている特急だが、1日に2本だけ福岡県内に延長して運転している。この列車はそのうちの1本で、小倉駅が始発の列車なのだ。
乗車時間はなんと5時間。博多始発の「にちりんシーガイア」はさらに長い時間走行するものであるが、小倉から宮崎空港だって十分長い。6時半に出て昼まで着かないんだもんな、これ。
東京から新大阪までの新幹線が2時間半。その2倍乗るということで長さがわかるだろうか。新幹線が早すぎるのか、宮崎が遠すぎるのか。たぶん、両方。
とはいえまあ、この列車に乗せられるというのは「あるだろうな」、とは思っていた。何せおあつらえ向きの小倉駅早朝始発の長距離列車である。誰か乗るだろうと思っていた。たぶん全員調べているレベル。というか私も見た。
なのでこの行程を見たときの最初の感想は「やられた」とかではなくて、「来たか」だった。
そして「長いわ」。
そりゃあ何か食べるものを確保しろと言われるわけだ。
長いことはちゃんと行程製作者も承知しているのであろう。座席はグリーン車指定席、それも1人席が確保されていた。
飛行機のように荷物を中に収容できるスペースまであり、なかなかの贅沢仕様である。これはありがたい。

さてここから5時間乗りっぱなし、である。
途中、別府やら大分やら延岡やら様々通るわけだが、全部通り過ぎて、ついでに宮崎でも降りずにわざわざ宮崎空港まで乗り通す。
行程作成者と実行者はどこまで行くかわかっているが、当然、どこまで行くのかという情報は開示せずに進んでいく。こいつどこまで行くんだ、まだ降りないのか、と。当然、私から見たほかの参加者もそう。なので、暇な時間もそうでない時間も、お互いの行程は結構見がち。
移動時間なんて暇なのでずっと気にして追ってしまうわけだが、まあそれだけしていてもしょうがないので、この後の行程、特にミッションを確認することにした。
ミッションとは、行程の中に散りばめられた「やらなければならないこと」である。
指定の場所で写真を撮ってきてX(Twitter)でつぶやくというのが主な内容であるものの、前回だとそこに加えて「SLの中でポストカードを購入して列車内のポストに投函するところを載せる」という内容が付加されていたりと、細かい縛りはないので自由度は高い。
で、今回行程表と一緒につけられていた「ミッションについて」とかいう資料の記載がこれ。

あのさあ。
「指定の場所に向かい、見本と同様に『同封の鈴原希実さんのアクリルスタンド』と『背景』が同時に移るように撮影してください」じゃないんだよ。
そういえば何故か行程表と一緒にアクリルスタンドが入ってたんですよね……
— bays_son (@_beyson_) 2025年11月22日
#行程シャッフルフェスティバル pic.twitter.com/z1meucpUnt
↓ 鈴原希実さんとは
女性声優のアクリルスタンドを旅行の行程と共に渡されること、ある?
……あった。なんだそれ。
行程表を渡された時に一緒に入っていた硬い板状のもの、それがアクリルスタンドだったわけである。
しかもご丁寧に新品のアクリルスタンドだし。なんなんだ。

要するに今回、この後3回ほどこのアクリルスタンドを使うミッションが含まれており、そのためにわざわざ同封されているというわけだ。
この鈴原希実さんは出身を宮崎県と公表している。
つまり、だ。
「指定の場所」は鈴原希実さんにゆかりのある場所で、
「背景」はその鈴原希実さんが写真を撮って上げていた場所と、そういうことである。
あのさあ(2回目)。
普段やらないことをやらせる、この企画の醍醐味である。いやもう、まんまとやられたというわけだ。まんまとやられたにしてはやられ過ぎである。
何故なら。前回、
このように鈴原希実さんの写真集の撮影地を回らされたオタクが居たことを考えれば、今回アクリルスタンドという形で追体験させられるという行程も予想してしかるべきだからである。
いやまあ予想していなかったわけではないが、私に飛んでくるというのは完全に予想外だった。今回は相手を選べるので、まさかこちらではないだろうと。思っていたが。なんと。今回。見事に。選ばれてしまったというわけだ。
これまた絶妙なのが、鈴原希実さんを最推しにしているわけではないとはいえ所属グループは散々見に行っているという点であり、そんなことをこんなところに書かなければいけないということである。隠しちゃいないが隠しちゃいないだけに絶妙に恥ずかしい。
そんなことを考えながらも、どうせ暇なので列車の中でアクリルスタンドを組み立てて撮影などしてみたというわけだ。
アクリルスタンドというものは最初一枚の板状になっており、型から抜き出して組み立てる必要がある。グリーン車の机で女性声優のアクリルスタンドを型抜きして組み立てる変な光景の出来上がりである。一人席で良かった。
オタクもすなるアクスタ撮影といふものを、
我(オタク)もしてみむとてするなり。
まあとはいえそれだけのことをしたとて、暇は暇である。景色を眺め、たまにうとうとし、必要以上に席を立ってトイレに行くなどし始めたあたりで、列車同士の行き違いのために幸崎という駅に7分停車したので外に出る。

一人だとこういう無駄なうろちょろはしがちである。落ち着かないとかそういう理由よりは、まあせっかく停まったしいい機会だから、みたいなそれくらいの理由である。
なお、この駅で初めてアクリルスタンドと背景の組み合わせで撮影をしてみたが、角度とかピントとか難しくて「みんないつもどうしているんだ……?」となるなどした。

練習って意味があるんだな。
この後は長く止まる駅もなく、信号場(行き違いをするためだけでホームとかがないところ)でまた7分停車したくらい。
信号場で7分停車は暇だな
— bays_son (@_beyson_) 2025年11月23日
とりあえずこの路線はわりと電波が入る区間が多いし、適当に外を眺めているだけでも時間を潰せるのだが、変なところで7分停まると妙に長く感じてしまうちょっとした逆転現象のようなことが起きていた。動いているほうが暇じゃない。5時間も乗っているのに。
ということで、ついに終着駅へ。
<散策①>
11:50……より3分くらい遅れつつも、宮崎空港駅に到着。

めちゃくちゃ、南国。
「宮崎ブーゲンビリア空港」と名前が付いている空港というだけあって、めちゃくちゃ南国感のある佇まいだ。
やっぱりなんというか、ヤシの木(みたいなやつ、本当にそれかは知らないけれど一般的なヤシの木のイメージのそれ)があるとそれだけで南国という感じがする。実際に温かいのかどうかとかまでは何とも言えないが、でもまあ、空港の雰囲気は南国南国していて旅行気分で結構好き。
で、まあわざわざ宮崎空港駅まで乗り通してきたのには理由がある。
ミッション①だ。

で、元になるポスト(ツイート)がこれ
この間実家に帰省しました🌴
— 鈴原希実 (@NozomiSuzuhara) 2022年11月8日
withきな子ちゃん
一瞬だったけど楽しかったな〜☀ pic.twitter.com/xGVKJbKb0i
なるほど。
じゃあ、ということで、アクスタでこちらの画角で実施。
宮崎ブーケンビリア空港だよ…希実…
— bays_son (@_beyson_) 2025年11月23日
#行程シャッフルフェスティバル pic.twitter.com/Z9EgfgFtc5
流石にインカメは無理だった。一瞬試したけれど、自分を写さずにインカメでアクスタと対象物を撮るのって無理では……??
さらに言えば、結構地面に近い場所なのでしゃがんでも撮るのは結構大変で、とりあえずこの画角と相成った。

これを撮っている間に人はそれほど通らなかったのだけれど、その代わりずっと近くにパトカーがおり、それはそれで気まずかった。駐車と停車の区別を各車にスピーカーで説いて回っている最中のパトカーの近くでアクスタを地面に置いたりインカメ試してみたりしている姿なんかどう考えても不審者だったが、見逃してもらえてよかった。
とはいえミッション①は無事に完了。
この次の移動までは少し余裕があったので、宮崎空港の中をちょっとだけ見て回った。


このまま飛行機でどこかに行くということも考えられたが、今回は別の行先となる。
食事の推奨場所も別途記載されていたので、そういった用事もなく、空港では早々にやることがなくなった。
とっとと次の目的地に向かうことにして、宮崎空港駅に引き返す。
行程表では12:35の普通列車に乗って宮崎空港から取って返すスケジュールになっていたが、今時分で乗ってきた「にちりん」の折り返しが12:14に出るというので、それに乗ってしまうことにした。
<移動②>
宮崎空港駅 12:14発 宮崎空港線・特急にちりん10号 大分行き ⇒ 宮崎駅 12:24着

この区間は特例があり乗車券だけで特急に乗車できるので、ちょっとだけ得をしたような気分になる。
まあ10分だけだし、混雑もしていないしで特に何もないままにあっという間に宮崎駅に到着する。
<散策②>
宮崎駅に到着。

7,8年前に食事をするために下車をしたことがあるのだけれど、この西口の感じに全然見覚えがなくて戸惑った。
特にこの存在感のあるポスト。

見ていたら間違いなく写真でも撮っているはずなので新しいに違いないと思って調べたら、2020年設置のニュースが出てきた。ほらやっぱり。
ここからはしばらくこの宮崎市内を回ることになるのだけれど、まずは何はともあれ昼食である。
行程表には最初にミッション②を実施するように書いてあったが、別段入れ替えたりしても良いとのことなので食事場所を探しに行くことにした。
行程表にはチキン南蛮の名店「味のおぐら」が近いと記載があったのでとりあえず山形屋の裏まで回ってみたが、やはり人気の名店。とんでもない行列ができており、どう考えても1時間やそこらでは効かない待ち時間である。
支店が別の場所にあることは事前にサーチ済であったが、中心街を離れたうえでそちらも行列であった場合にもったいないので、「味のおぐら」にこだわらず別の店を探すことにした。
とはいえせっかくなのでチキン南蛮を食べたいなとは思っていたので、そのまま近くの四季通りにある「シキドオリ こはる食堂」という店を見つけてチキン南蛮を頂いた。

ご飯をお代わりするかをめちゃくちゃに悩んだあげくしなかったのだけれど、やっぱりすれば良かったかもしれない。ついついごはんを食べすぎるのをやめようとしているばっかりに……。
別に合わせたつもりはないのに、目の前を歩いていた人と同タイミングで入店し、全く同じタイミングで料理が提供され、全く同じ時間に食べ終わったため、退店タイミングまで重なってしまい、別に何も合わせようともしていないのに一人で勝手に気まずくなる瞬間があるなどした。
名物での腹ごしらえも済んだので、そのまままた徒歩で次の目的地へ向かう。
次の目的地はミッション②の場所なのだが、徒歩で500mほどなので全然近場だ。天気もいいし散歩だ散歩。
こういう都市の中心的な場所での街歩きと言うものも結構面白いもので、決して伝統建築などがあるわけではなくてもいろいろ面白いものは見つかるものだ。

空港だけでなく街中も所々で南国感あり。やはり県庁などの公共施設が近いと余計にそうなのかもしれない。
こういうものを見ながらぶらぶらと散歩をしつつ、目的地の近くへ。
ミッション②の内容は以下である。

行くべき場所は宮崎県庁……と思いきや、宮崎県庁の5号館である。これは本庁舎のちょうど道を挟んだ向かいにあるらしい。
ちなみに宮崎県庁はこんな感じ。

建築に詳しくはないので「西洋様式の近世ゴシック様式」と言うらしいというところまでしかわからないが、なるほど確かに立派な建物である。文化財だというだけのことはあるし、なんかこう、「ここで働く」というのは想像しにくい日常的ではない趣がある。
歴史的な話は下記の文化財登録時のニュースに詳しい。
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道を挟んだ向かい側にあるのが宮崎県庁5号館であり、真の目的地だ。
これも登録有形文化財である。

旧宮崎農工銀行の建物で、本館よりもさらに建築されたのは古い建物である。休日と言うことで警備の人以外全く誰も見かけなかったが、文化財だらけで普通に観光的な見どころであると個人的には思った。
県庁前の通り自体も毎月第1・3日曜には朝市が開かれる等イベントで使われるようで、広々している。
宮崎市の道路元標などがあったりして、ああ、宮崎の中心的な場所なんだなということが大変分かりやすい。

……で、まあ、ここに来たのは文化財を文化財らしく楽しむわけではなく。
鈴原希実さんの写真と同じ画角でアクスタ撮影をしなくてはならないということだ。
もとのポスト(ツイート)がこれ。
✨🎂本日20歳の誕生日を迎えました🎂✨
— 鈴原希実 (@NozomiSuzuhara) 2022年10月31日
まさか20歳のお誕生日をこんな風に迎えられるなんて‥‥!💐✨
昔の自分には想像もできませんでした。
笑顔が苦手でいつも俯いていた私が変わることができたのは、みなさんが居てくれたからです💫
ありがとう。
みんなのことが大好き🔔🌸 pic.twitter.com/2eB4G2cPob
……角度とかが難しいな?
ということで、再現がこちら。
宮崎県庁5号館だよ…希実…
— bays_son (@_beyson_) 2025年11月23日
#行程シャッフルフェスティバル pic.twitter.com/MP6oRCgIX7
とりあえずいっぱい撮ってみた。
ここなのはたぶん間違いない。背景の垂れ幕的なぶら下がりと一致しているし、たぶんこれでいいはず。

県庁ということで平日なら人もそれなりにいるんじゃないかなどと思ったが、まあ今この瞬間に関しては誰もいないほうがありがたい。ありがたすぎる。警備員のような人も居るには居たが遠くて助かった。
いやまあこちらに注視していただくほうが職務的には正しいのだけれどもそれはそれとして。
無計画に歩き出してすぐ、県庁のすぐ横に「みやざき物産館 KONNE」があったので立ち寄ることにした。建物的には「宮崎県庁8号館」であるので、行政の色がめちゃくちゃするタイプの土産物店……と思いきや、中は結構普通だった。普通にお土産屋さんと言う感じ。
丁度良かったので、いくつかかさばらない程度のお土産を購入した。

この時点でだいたい14時くらい。
バスの時間が14時半過ぎくらいだったのでまだまだ暇があるということで、まあどこかでカフェにでも行って休憩しようかな、とアーケードのある商店街のところまでたどり着いたところで何やら甘くて香ばしいいい匂いが。
あ、いいな、これ、食べたい。とちょうど思ってしまったので、10人くらいの行列ができていたが時間もあるしちょうどいいやと思って並んでしまった。
それが、これ。

蜂楽饅頭。
九州では結構メジャーな存在らしい。まああの、見た目とか中身とかは全国区なのだけれど、名前が特徴的過ぎる。だがこれ、現地の人も別に「蜂楽饅頭」は店の名前的な扱いにしているのか、後ろに並んでいた人は「回転焼き」と呼んでいた。前の方では「大判焼き」という単語も聞こえてきた。
何でもいいんだな、その辺。
しかしもうこれ、目の前で焼いていて店に近づくだけでもう変な満足感があるくらいそこらじゅう甘い香りに包まれるすごい店だった。
こういうやつって無性に食べたくなる時が来るんだけれど、この時はこの焼いている時の匂いでその気持ちを強制的に起こされた感じ。しかも味が2種類あるようだし、絶対2個買って行こう、でこの後の道中とかで食べればいいや。それで行こう、と、並ぶこと10分程度。
ついに購入。
もう袋を持っているだけでいい匂いがあふれてくるし、たまにそれを嗅ぎに行ってしまうくらい良かった。この時点で食べてもいないのに大満足。
すぐに食べたほうがいいんだろうなとは思いつつも、次の目的地で結構時間を使えそうだったので、そこまでは食べるのを我慢して香りだけを楽しむ時間が続いた。
<移動③>
橘通り3丁目 14:39発 宮交バス・宮交シティ - フローランテ宮崎 ⇒ フローランテ宮崎 15:12着
ここからは路線バスに乗って「フローランテ宮崎」までの移動である。
宮崎駅からは7kmちょっと東に移動したところにあるのだけれど、路線バスだと30分くらいかかる。ルート的には普通に乗用車で向かうのと同じくらいなのになんでそんなにかかるかね、などと思っていたら、すぐに渋滞にどっかりはまり込んでしまい、納得した。
宮崎の東西移動は混雑でだいぶ時間がかかるようだ。途中、イオンモールの近くを通ったのだけれど、そのあたりを抜けるまではずっとゆっくり走行していたように思う。
しかも「フローランテ宮崎」は有名な「シーガイア」の隣にあるせいで、シーガイアに行きたい旅行客でバスは結構な満員具合。私は駅よりも西側のバス停から乗り込んだので奥に座ることができたが、結構な時間車内は立ち客が出るくらい混雑していた。
渋滞のせいで10分くらい遅延したが、無事にフローランテ宮崎に到着。ほとんどの人は一つ手前のシーガイアのところで降車(15時くらいだしちょうどいい時間だよな、と)し、フローランテ宮崎まで乗り通したのは他に1組くらいしか居なかった。
「クレジットタッチ決済が使えます!」とデカデカとラッピングされているバスだったのに、小さく宮崎空港線等の特定の場合だけだったので、なんかこう、優良誤認的なものを感じながら運賃を小銭で支払うなどした。
まあ幸い行程作成者が旧500円玉で運賃を用立ててくれていたおかげで、車内で両替せずにそのまま支払いができたのでそれは良かった。
<散策③>

フローランテ宮崎とは、調べたところによればフラワーガーデンであるという。公式サイトを見ると、季節ごとに様々な花が楽しめるような場所であるという。冬であればイルミネーションなどの施策なども行われており、ほぼ通年楽しめるようになっている。
入園料は310円とかなり安い。イベントが絡むと倍額になったりするようなのだけれど、この11月23日というタイミングはかなりお手頃価格であった。
さて、ここはもちろんミッションが絡んでいる。
詳細は下記のとおりだ。

それでまあ、元のポスト(ツイート)はこのような形。
一昨日のクイズ!
— 鈴原希実 (@NozomiSuzuhara) 2024年6月4日
正解は宮崎県でした( ´˘` )☀️
久しぶりの地元!
家族とお出かけできて楽しかった〜🚗
お写真また載せますね〜🫶 pic.twitter.com/9nNruQIfGr
なるほど、花に囲まれた「フラワー機関車」というものであるらしい。
元が6月のつぶやきであるため季節的に同じものは存在しないのではないかというのはミッション側の記載の通りかと思うので、できるだけ似た箇所を探すしかないな、などと考えながら入園。
で、建物を出てすぐの目の前がこれ。

あれ……? と思いながら振り返って、これ。

……なんかこれ、すごいタイミングが悪い時に来てしまった気がする。
フローランテ宮崎の公式HPのトップで見えている感じだと、ここは一面花で埋め尽くされているようなくらいのイメージ画像なのだけれど、これはもうあれだ、「イルミネーション準備中」だ。
花がない。
いやまあ、11月というのはなかなかちょうどよく花が咲かないというのは分かっているのだけれど、そうであってもこう代わりのものが鎮座しているかと思ったらガッツリと準備中である。
イルミネーションも12/5開始らしい。

分かりやすく、閑散期、準備期間、というやつである。
なので、当然、フラワー機関車なるものは存在するわけもなく。
代わりに見つけたのはこれ。

いやーちょっとこれは。
一応写真を撮ってみるけれども、という感じ。

ここまで行くとさすがに面白い。
花だと思っていたらイルミネーション、しかも未点灯。遠くから見ると実に地味な絵面。いやまあ近くで見たとてだが、これはこれで面白い。
面白いけれど、さすがに要件を満たせていない気がして、ミッションへの回答はこのようにした。
フローランテ宮崎だよ…希実…
— bays_son (@_beyson_) 2025年11月23日
#行程シャッフルフェスティバル pic.twitter.com/65djvMuBFs
こちら、背景をぼやかした方の写真は、なんと造花である。それはそれで綺麗だけれど、フラワーパーク的な場所でガッツリ造花というのは実に閑散期である。
なので、右側の写真のように植え込みに咲いている花を探して一緒に写真を撮ったわけだ。
こういうとり方をすれば造花かどうかなんてわからないし、案外精巧にできているので近づくまでは分からなかったりする。そういうところはやっぱりプロフェッショナル的なものを感じる。
基本造花でちょっと寂しい pic.twitter.com/24UkVNRjVh
— bays_son (@_beyson_) 2025年11月23日
まあ寂しいのは寂しいものだが、これは受け取り手の技量が試されているだけだと思うことにし、様々工夫をして楽しむことにする。


フラワーガーデンなのだと思うから寂しいのであって、普通に庭園的な意味で散策するには十分である。いい感じの公園であり、いい感じの庭園である。
特に、途中途中で出てくる「庭造りの見本」のような展示が個人的には結構好きだった。

奇抜なものから平易なものまで結構いろいろな種類があり、これは結構見ごたえがあった。
庭木の見本としてバナナの木が採用されていたものなどは「どこで売っているんだろう」とか「栽培に適した気候ってどんなハードルがあるんだろう」などと思ったりはしたが、そういうことを含めても、ぼんやりいろいろ考えながら見て回るには十分な面白さがある。私にも家に庭があったらバナナの木を植えてみたい気持ち、なくはない。

総合するとこのフローランテ宮崎という施設は、中央部分はイベント的な使われ方をするので閑散期に行くとなかなか寂しく見えてしまうが、そうでない常設の部分は、庭見本だったり家屋との組み合わせ見本だったり、後はちょっとした東屋だとかベンチだとか、散歩するには十二分に歯ごたえのあるいい公園だった。
入場料だって310円だし全然OK。
良い公園に来れた、と言うことで。
ずっと歩いていても疲れるので、適当なところで先ほど購入していた蜂楽饅頭を食べる。

購入してから時間が少し経過してしまっているのでさすがに冷めてしまってはいたが、あんこがぎっしり詰まっていてとても美味しかった。夕方に差し掛かる時間の甘いもの、大好きである。仕事中にもだいたい昼下がりに何かしら甘いものを食べているが、休みの日はそういった「ながら食べ」じゃなくてゆっくり食べられるのがいい。
まああれだ、休日に散歩ついでに甘いものを食べに来た感じ。この時間は総合するともうそれ。そういう感じ。
そろそろバスの時間も近いということで、最後、入り口の建物の2階にあがって遠景を見ておくことにする。

……いつか、閑散期じゃない時に来てみたいとそう思った。
あれなんだよな、そもそも基本的に宮崎の中でもシーガイアという施設が非常にデカいわけで、その隣のフローランテ宮崎も絡めていろいろ見に来る機会は作れるはずなんだ。そうなんだ。きっと。
あまりにも普段の様子が気になったので、最後に入り口でポストカードを購入した。

イルミネーションの写真だけ死ぬほどブレていて面白さが若干勝ってしまったのだが、あとはもう「だよなあ」という感じだ。
こうだよな、と。
というか、思ったより花のエリア広いし。
そうこうしているうちに帰りのバスの時間がやってきたので、フローランテ宮崎を後にする。
また来よう、フローランテ宮崎。バス遅延もあって、滞在時間は1時間くらいだったが、面白散策休憩タイムとなった。

<移動④>
フローランテ宮崎 16:30発 宮交バス・宮交シティ - フローランテ宮崎 ⇒ 宮崎駅 16:57着
宮崎へとバスで戻る移動。
行きよりは遅延なく進み、最後やはり中心街付近では少し渋滞にハマりかけたものの乗降客数が多くなかったからか無事に17時手前に宮崎駅へ到着した。
この後は17:35発の特急列車に乗車して宮崎を離れるような行程となっているので、大遅延したら困っていたところだったので良かった。
なお、行程表には「この先乗り継ぎがタイトなので、やはり飲食物を買い込んでおきたい」との記載があったが、宮崎駅の名物駅弁である「椎茸めし」は売り切れてしまっていた。


まあそんなもんだろう、とは思っていたので夕飯を無理に買い込むことはせず、お土産などを眺めて待ち時間を過ごすことにした。
蜂楽饅頭もまだ1個残っており、コンビニで何か買い足すほどお腹は空いていなかったので、結局飲み物類以外の追加購入はしなかった。日向夏のジュースだけ気になったのでお土産として購入し、あとは県庁の近くで買ったものもあるしお腹が空いたらそれを食べればいいか、というような感じ。食べて思ったけれど、蜂楽饅頭は結構ボリュームがある。まだ1個あるならこれでまあいいし、足りなかったらこの後の乗り換え等の時間を使って何とかすることもできそうであった。
<移動⑤>
宮崎駅 17:35発 日豊本線・特急きりしま15号 鹿児島中央行き ⇒ 鹿児島中央駅 19:44着

車両的には朝乗ってきたものと同じ見た目のものであるが、北上する大分方面ではなく、南下する鹿児島方面の特急になる。飛行機で福岡に行くとか、特急で小倉方面に北上するとかではなく、ここから南下である。
まあ言うほど変な動きではない。同じ方面に戻るよりも、別ルートで帰着する、これは結構よくやるパターンの一つ。
それに、宮崎~鹿児島の区間は18きっぷでの普通列車しか乗ったことがなかったので、「きりしま」に乗れること自体は結構嬉しくはあった。

もうすっかり夕方であったので景色的な期待はしていなかったが、空いていたので窓側に座る。指定席への変更時に駅員さんが適当にチョイスした座席だったわけだが、先頭の座席だったので机が固定のものだった。

この固定机は大変良かった。
発車してからしばらく山の方に進んでいくせいか、この列車はアトラクションかと思うくらいに揺れた。なので、揺れても揺れても安定した机があるというのは大変心強かった。列車全体が縦にも横にも揺れるのでもうなんだこれはという感じではあったのだが、この机はありがたかった。何もふっ飛ばさずに済んだ。
まあそれくらいガンガン飛ばしているんだな、なんて思っていたわけだが、途中駅での行き違い列車待ち(この区間は基本的に単線なので行き違いが必要なのだ)で遅延があった。
単線区間あるあるではあるのだが、どんなに飛ばしても対向列車が来なければ待たされるものである。だいたい時間通りに来ないというか、ちょっとした遅れは日常的なイメージもある。
それにちょうど当たってしまった形である。
普段ならまあ別にそういうこともあるよねくらいの話なのだが、この時はちょっとだけ事情が違ったので、乗車中は結構焦っていた。
というのも、この後鹿児島中央での乗り換えが7分しかなかったからである。
5分くらい遅れてるな
— bays_son (@_beyson_) 2025年11月23日
7分乗り換えで、5分遅延。
ここからさらに遅れが拡大するとなると結構厳しいものであるため、駅に到着するたびにどれくらい遅れているかをなんとなく確認してしまう。
18時半時点での5分遅延はまあ普通に19時半で拡大している可能性があるわけで、怖い。
定刻とはいかなくとも多少なりとも巻いてくれ、と祈りつつも車内からは何もできず、とりあえずお腹も空いてきたので2個目の蜂楽饅頭を食べるなどしていた。
そうしてついに。
4分遅れで鹿児島中央駅に列車は到着した。
鹿児島中央!到着!
— bays_son (@_beyson_) 2025年11月23日
新幹線乗り換え口へ走ります
#行程シャッフルフェスティバル pic.twitter.com/KHOaflblx5
乗り換え時間は3分。
大慌てで写真を撮って乗り換え口へ走る。
丁度降り口と階段が近く、乗り換え口もわかりやすいところにあったので迷わずに駆け込んだ。
<移動⑥>
鹿児島中央駅 19:51発 九州新幹線・みずほ614号 新大阪行き ⇒ 博多駅 21:07着
大慌てで新幹線乗り換え口に突っ込む。
自動改札を使えない切符のため窓口を経由したが、それでも何とか間に合った。


一瞬売店を経由して何か買おうかと思ったが、さすがにそこまでは出来ずに自動販売機でお茶だけ購入する。
これに乗れば新大阪まで行けちゃうんだな、と思いつつ、出発ベルが鳴り出したので慌てて車内へと駆け込んだ。

ここから博多までは新幹線である。乗り遅れると30分以上ロスしてしまうので、遅れずに乗ることができて本当によかった。
本当は鹿児島中央から新幹線に乗るのは初めてなのでいろいろもっとゆっくり見たかったところだが、仕方がない。そもそも単線区間の在来線特急が遅延しないことを期待する方が間違っているまである。たぶん。
とにかく新幹線に乗れて一安心、である。
しかし新幹線というのは偉大なもので、全然揺れなくて快適だ。新しい線区であるというのも影響していそうだが、どうなんだろう。
快適なので多少寝たりもしたが、博多で降り損ねないようにしようということで熊本を過ぎたあたりからはだいたい起きていたような気がする。
……というかまあ、小倉まで帰る、という観点で言えば、この新幹線を博多で降りなければ次は小倉なんだけれども。
にもかかわらず、小倉で降りなければいけない最大の要因はこれ。

JR九州の株主優待券を乗車券として渡されており、これはJR九州区間は乗り放題の大変便利な切符ということになるが、博多から小倉の新幹線はJR西日本管轄のため利用ができない。
そのため、この区間は新幹線ではない、ということになる。
とはいえまああれだ、この博多小倉の区間は在来線特急含めてそれなりに充実した区間であり、博多で下される展開は想定内である。
むしろ、博多駅のホームでラーメンを食べたりできるな、という期待などもしていた。
ということであっという間(1時間ちょっと)に博多まで到着。
九州の東側をかなりの時間かけて移動したことを考えると、西側を1時間ちょっとで駆け抜けるというのは新幹線の偉大さを大いに感じるものである。いや、新幹線ってのは便利で早いもんだなと。小倉から宮崎なんて5時間じゃつかないのに、新幹線なら鹿児島中央から新大阪まで4時間弱だもんな。
<移動⑦>
博多駅 21:30発 鹿児島本線・特急きらめき12号 門司港行き ⇒小倉駅 22:24着
在来線のホームに向かったら、これ。
博多着
— bays_son (@_beyson_) 2025年11月23日
ラストスパートだけどなんか不穏な表示もあり #行程シャッフルフェスティバル pic.twitter.com/RyerKxKuEH
ダイヤ乱れ……?
やばいかも、ということで博多駅のホームでラーメンでも食べようかという計画を撤回し、すぐに乗車ホームへ向かう。
ダイヤ乱れの影響か、ホーム上はかなりの混雑になっていた。この後乗車する予定の特急には20分以上余裕があるというのに乗車列ができていた。
この行程、切符は指定席はなく自由席となっていたので、博多駅でこれ以上何かしている余裕がなく、列に並ぶことにする。途中、指定席を確保しようかと思ってJR九州のサイトを見たが、指定席は既に満席だった。後続の特急列車が大遅延しており、そこからだいぶ流入しているらしく、先頭のグリーン車を取るか自由席のまま行くか、という選択となった。だから自由席は嫌なんだ。
まあとはいえ早々に並べたので、20分ほど待ったのち座席は確保。

5分程度の出発遅延を挟み、無事に列車は出発した。
立ち客こそ出ていなかったが車内は満席状態で、そのうえで隣席の乗客が特急券を持っておらず車掌とひと揉め(買えば良いだけなのだがなぜかごねていた)している場面もあったが、見なかったことにしておやつを食べながら過ごした。
博多から小倉の区間は新幹線だと15分程度で移動できる。なので、1時間弱掛かる在来線を選択して小倉まで乗り通す人というのはさほど多くない印象である。まあそりゃそうだ、新幹線と在来線特急とではほとんど料金に差がないから、特に理由がなければ小倉までは新幹線に乗る選択肢を取りそうなものだ。今回も、やはり小倉まで乗り通した人というのは車内の半分もいなかったように思える。
少なくとも、私のようにJR九州の乗車券しか持っていないのでJR西日本の新幹線には乗れないというような事情の人は少ないだろう。まあ、このJR九州縛りがなかったとしても、我々はこの区間を在来線特急に乗りがちであるわけだが、それはもう趣味の域である。
どういう人が多かったかと言えば、新幹線の止まらない途中駅まで乗るような人だ。博多から30分くらいで半分くらいは降車していたと思う。特に折尾とか黒崎とかでの降車が多かった。2時間程度かかる大分方面へ直通している「ソニック」とくらべて「きらめき」は1時間程度の小倉や門司港方面までの列車であるから、特に途中駅までの需要は高そうだ。
途中駅に止まるたびに降車客を捌きつつ、目的期の小倉へは着実に近づいて行った。
こちらの遅延は5分程度であり問題なさそうであったが、遠方にいる別メンバーの動きが気になり乗車中は列車走行位置などを見て過ごした。どうも鹿児島本線というよりは、長崎本線からの列車の遅延幅が大きそうである。佐賀駅での車両故障だというからまあそういうことになるだろう。
なんとこの時間(21時半頃)にまだ佐賀どころか長崎県内走行中のメンバーがいたのだが、案の定この遅延にガッツリと巻き込まれていた。元々小倉への帰着がだいぶ遅そうな感じのことを聞いていたが、さらに遅くなったようである。また、私の後ろからこれまた鹿児島本線で博多方面に向かっていたメンバーも微妙な遅延のせいで乗り継ぎ列車に間に合わなかったようで、行程を変更して動くなどしていた。
今回特に帰還予定が遅めのメンバーが多くこの時点で1名しか帰還していないという事態であり、そのうえで遅延が絡んでしまった。これはもうあれだ、帰った後の感想戦の開始時間が遅くなりそうだ。
でもまあ、それくらいのことで済んだので不幸中の幸いというやつである。帰還できないとか、何か直接トラブルに巻き込まれる等の事柄はなかったので良かった。
私の乗車していたきらめき12号は結局、5分ほどの遅延をそのまま保って、巻きもせず遅れ拡大もせず、22:30頃に小倉駅へと入線した。
小倉到着
— bays_son (@_beyson_) 2025年11月23日
疲れたけど、楽しかったです
#行程シャッフルフェスティバル pic.twitter.com/e4wtP01VN3
<到着>
ということで、22:30をもって小倉駅に到着。
これにて行程表に書かれた一日の行程を終了ということになった。
ということでこれにて行程終了です!
— bays_son (@_beyson_) 2025年11月23日
#行程シャッフルフェスティバル pic.twitter.com/dkqgZmS4n9
6:39発のにちりんに乗車して宮崎へ向かい、宮崎を観光した後鹿児島や博多を経由したのちに小倉へと帰着するという、九州をざっと一周円を描いたような移動であった。
実に16時間の行程である。
疲れはしたが、面白い行程であった。

この時点で1名が先に到着済、残り2名がまだ行程中といった半端な状況であったため、夕飯でも調達してからホテルへと戻ることにした。
何か食べに行こうかとも一瞬考えたが、時間的にもう開いている店も限られているしな……とコンビニでうどんを手に取って会計を済ませた丁度その時、先に到着していたメンバーから「飯行きます?」とメンションが飛んできたのはご愛嬌。

◆感想戦
結局、最後のメンバーが合流してすべての行程が終了したのは1時過ぎのことであった。
全員おしまい、お疲れ様でした #行程シャッフルフェスティバル
— bays_son (@_beyson_) 2025年11月23日
到着後、全員揃うまで暇があったのでお風呂に入るなどしたあとで、一部屋に集合して感想戦が行われた。
感想戦の流れとしては、次の通りだ。
まず行程について、受け取った概要の説明と実際の感想を実行者が発表し、その上で、行程作成者が誰かということを予想をする。その後、当該行程の作成者の発表が行われ、行程作成者は行程の狙いや意図、実際に実行しているのを見た感想などを話す。
この流れで順に4人全員分話していくことになる。
別に深い決まりごとはないので、関係のないメンバーもツッコミを入れたり感想を話したりしながら、どんどん進んでいくわけである。
私の実行した行程であるが、行程表を貰った時点まではまだ誰が作成者なのかというのを絞れていなかった。というのも「行程表に加えて女性声優のアクリルスタンドをぶちこむ」ということをしてきそうな人自体は2名候補が居たためである。ほぼほぼこちらだろうというあたりはありつつも、途中までは「行程作成者を偽装している」というなりきり的な可能性も捨てずにいたため、ぱっとは予想がつかなかったのである。
とはいえ行程表の中身の詳細を読み込んでいくと、これはやはり前回「これ」を食らった人が似たようなことを私相手にぶつけてきたのだろう、という結論に至った。類似はしつつも写真集ではなくX(Twitter)の内容からの呼び出しであるところと、前回同じようなことをした人へのミスディレクション(=相手の注意を本来の目的とは別の方向へ意図的に誘導するテクニック)的な誘導意図を感じた。
とはいえまあなんというか、行程表を読み込んだり、他の人の行程を読み込むとまあそれだけでいろいろと絞れるものはあり、出発時点ではある程度の確度で特定はできていた。
とはいえ、この遊びとしてはあくまで「行程完了後の感想戦までは作者は明かされない」という原則がある。なので、最後の最後まで各種やり取り等ではお互いに何も知らないというていでやり取りが進められた。あくまで自分が計画した行程と、自分が受け取った行程の情報だけを知っているという状態で探り合いのジャブを入れて行く感じ、これが醍醐味なので。

行程全体を振り返ると、移動時間は長いもののそこまで「キツイ」タイプの旅程ではないと感じた。宮崎に飛んで帰りは鹿児島を回すという発想自体も大きく乖離はないというか、1日での計画ではないにしてもこれは「ある」というように感じた。
特に、九州新幹線(全線)や宮崎から鹿児島中央の特急ひゅうがの区間はいずれ乗ってみたい区間として思い描いてはいたので、この機会で乗車ができて良かった区間である。
また、どうしても宮崎というのは直接向かうのに遠さがある土地であり、なかなか足を運べていない場所であった。実際、宮崎空港含めて数回足を運んだことはあったものの、そのまますぐ移動してしまったり、宮崎駅だけを使って周辺は特に見たりはせずといったことばかりだったので、中心地+1箇所という形でいろいろ見られたのは丁度良かった。女性声優のアクリルスタンドを使う縛りもまああったけれどそれはそれで普段やらないので面白くはあった。
普段これはやらないな、という点で言うと、アクリルスタンドを使うこと以外ではところどころ自由席を使う想定があったことだろう。
これについては私が自分のために計画するならばほぼあり得ない設定であった。新幹線で言うところのこだまのようなほとんどの座席が自由席であるとかの場合を除いてはなかなか自由席をファーストチョイスにはしないというところもあるが、3連休の中日であるうえに普段足を運ばず混雑具合が読めないという状況で1時間以上の座席に自由席を使うというのはあまり選択肢になかった。私の場合は使えるならば指定席を選びがちである。指定席より自由席の方が空いているという場合においても、指定席の方が快適であることが多い、という考え方が根底にある。さほど差額も大きくないし。
この辺りはやはり計画作成者との考え方の違いである。
さらに言えば、これこそが行程シャッフルフェスティバルの最大の面白さとも言えるだろう。自分の考えた計画ではなく、他人が考えた計画で一日を過ごすということは、作成者の発想で動くことになる。
自分ではなかなか見つからないような、出てこないような発想で1日を過ごすという行為そのものが既に面白いわけである。
行程作成者の予想は当たり、作成者からのアンサーというかコメントを貰ったわけだが、この時間もまた面白いんだな。
だって、とりあえず行程は自分で作ったから知っていて、そのうえで、逐一X(Twitter)で流れを追っているからそれを把握したうえで、こちらの感想に対するアンサーが飛んでくるわけである。
花が全く咲いていなくて面白すぎたフローランテ宮崎については感想戦内でもだいぶ擦らせてもらったが、作成者も「後で季節の花一覧のページを見たら11月だけ何もなかった」などと供述しており、そういうことも含めて再度このブログ内でも擦らせてもらった。花の機関車想定が明かりのついていないイルミネーション針金機関車に化けていたのはさすがに他メンバー含めてウケすぎるほどにウケていた。あまりにもシュールというかなんというか。
別参加者からは「過去に鈴原希実さんが言及していたイオンモールには行かせる選択肢はなかったのか」などという鋭い(?)指摘などもあり、盛り上がった。たぶん場所的に行程に組み込むには時間がなかったのではないかとか、フローランテ宮崎ではなくイオンモールだったかもしれないとか、やや反省会的な要素も展開されつつ。
でもまあ実際の感想としては、全体の行程としてキツすぎない移動でありながらあまり足を運べていない宮崎に主眼を置いて過ごせたのは楽しかった、というあたりの話をさせてもらったと記憶している。
逆に、私が作った行程を実行したメンバーの発表タイムもあったわけだが、この時間は楽しみ半分ドキドキも半分であった。私の場合は今まで行程を渡したことのないメンバーであるだけに、どんな反応をするか未知数であったというところだった。
想定通り楽しんでもらえた箇所もありつつ、思っていたのとどうも違った箇所があったりとなかなかバラエティに富んだ感想を貰いつつ……。このあたりの話は感想戦でもいろいろ聞いたわけだが、実行者がブログ等で書いてくれれば詳細を見れることになるのでそれにも期待をしたいと思う。まあ書くのが強制とか必須とかではないので、あくまでそういう機会があれば、というお話。
また、私が関与していない計画についての話も当然2名分あるわけで、これが一番気楽に聞けて、かつ、爆笑もした。
ひとりなどはなぜか空のボトルを6本くらい持たされて移動させられるとかいう意味の分からない面白さの行程があり、まあ要するに何かを採集採水的なことをさせられていたわけだが、行程の発想の柔軟さには脱帽である。面白い計画を作るというところの中にはやはり発想の外側から飛んでくるもの、これが一番面白いものであるわけだ。そしてそれをはたから見ているのは大変面白い。行程表と一緒にボトルが6本出て来て笑わないわけがない。絶対可笑しいもの、その計画。むろん、アクリルスタンドが出てきたって充分面白いけれど。
結局、感想戦は夜1時頃から開始したにもかかわらず、たいそう盛り上がり4時くらいまで継続された。
翌日は大した用事もなく、適当に食事でもした後で帰路へつくだけの日である。感想戦をやらずに帰るのはあまりにもったいなく、ならまあできる限りその日のうちに感想戦までこなして、翌日は特に大きな予定を入れずに帰るのが良いだろうと。
なお、翌朝全くまともには起きられず、チェックアウト時間いっぱいまで部屋で過ごしていたことは言うまでもない。

◆おわりに
まあ実際、誰もがそれぞれの考えで一日の行程を考えてくるというところには、すなわち己の旅行への核のようなものを持っているということに他ならない。
ここを重視しよう、とか、こうあるべきだ、というのは当たり前だと思っていようが何だろうが他の人とは乖離していることがある。
そう言ったことを踏まえて、いきなり前日の夜に翌日の行程を渡されるという「予想は散々してきているけれど予想しきれない」感がまたたまらないんだな、これが。面白くないわけがない。
たぶん他のメンバーも似たようなことを思っている……はずだ。たぶん。
カッコつけた言い方をするならば「アイデンティティのぶつけ合い」みたいな話なのかもしれないけれど、まあ実態としてはそんな高尚なものではないだろうな。あくまで面白おかしい遊びである。それぞれが面白いだろうと思ったことをぶつけ合う、そんな企画である。
計画は一生懸命時間をかけて行うのに、同時にいきなり意外性をぶつけられる、そんな遊び。それでいいわけ。
いきなり実施するにはなかなか難しいというか、真似をするのはかなり難しい企画であるわけだが、条件が揃えばこんなに面白い企画はなかなか他にないものである。こうして感想をまとめて書いている時であるとか、他の人の行程のまとめをみている時とかもとても面白いわけである。
というか、感想戦をひとしきりやったうえでその後おまけのようにブログ等に書いておくなんて二度美味しいと言わざるを得ない。いやもうこれは二度どころじゃないな。計画から実行、感想に至るまでずっと味がする。振り返っても味が付いていて美味しい。いいね。いいじゃないか。
また翌年(というか今年)何か同じような企画が行われるかというのは未知数であるが、何か機会があれば試してみたいものである。
第4回というのがあるかはわからないが、あったらまたそれはそれで楽しいんじゃないだろうか、とは思っている。タイミングとかが上手くかみ合えばなので、今年なのか来年なのかなどは全くわからないし、また全然違うことをするかもしれない。
ひとまず今回もこうしてブログに残すことで、いつでも面白かった思い出を切り取って置けるのなら良いのではないかな、などと思って締めようと思う。
それではまた、どこかで。

「第3回 旅程を他人に押し付けろ! ~行程シャッフルフェスティバル~」のお知らせ
「旅程を他人に押し付けろ! ~行程シャッフルフェスティバル~」
久々にこの企画がやってきた。
日帰り旅行の予定を作成し、それを他人に押し付ける。そして同じように自分も他人から旅行の予定すなわち行程を受け取る。後はそれに従って1日を過ごすだけ。
どこに行くかはもう決まっているのに、行く本人だけがまだどこへ行くかを知らないというイカれた旅がなんとまた明日、開催されることとなった。
前回開催が2023年の9月23日ということで実に2年が経過してしまったが、また舞い戻ってきたというわけだ。
前回 ↓
今回は、
起点および終点:小倉駅(福岡県北九州市)
ということとなった。
いろいろ場所について案は出たが、初回が岡山で前回が関東(東京から茨城)ということで、また少し振り切った場所で開催しよう……ということで福岡県が選ばれた。
博多が拠点となりそうであったが、いろいろあって少しずらした小倉が起点となる。
小倉発小倉着にて今回は1日どこかへ旅をすることとなる。
どこに行くかはまだわからない。これを書いている今もまだわからないのでドキドキしている。今回も4名での開催となるが、まだ誰も明日一体どこに行くのかわからないというこの状況はおおよそ旅先で4人同じ宿に泊まっている時のそれではない。
さて、ルールについては前回よりいくつか改正があった。
・期間は始発から終電まで(自分のスタイルに合わせる)
・飲食代以外の旅費は原則計画者が負担する
・電車の切符等は乗車変更ができるように原則現金で行う
・徒歩は原則2km程度、それ以上はタクシー利用可(計画者に請求)
・チェックポイントを3,4箇所用意し、X(旧Twitter)で写真と共に指定文言をつぶやく(証拠写真的な扱い)
という基本的なルールは変わらないものの、今回は
・事前に押し付け先のメンバーを固定する
というルールが追加された。
これはどういうことかと言うと、今回は事前に「誰に渡すか(押し付けるか)」が分かっている状態で行程を計画することができるようになったということだ。
2ヶ月ほど前に参加者ではない別の友人にランダムに選んでもらうことにより、すでに渡す相手が決定している。
これまでは前日に行程をシャッフルして各々引くような形式をとっていたので前日の夜までは完全に誰が誰の行程を引いたのかがわからない状態だった。が、誰に対して渡すのかが分かるようになったことで、名前を含む個人情報を指定しての予約などができるようになったので、今まで組めなかったような行程も用意できるようになったのだ。
比喩でも何でもなく、日本中どこにでも行ってもらう事ができるわけだ。逆もそう。どこにでも行かされる可能性がある。
これはもういよいよもって予測は不可能である。
基本的に、参加者は「自分が一人旅をするなら」という想定で計画をすることが推奨されている。自分の旅行スタイルを人に渡して、人の旅行スタイルを体験する、というのがこの企画のキモみたいなものだ。
今回、行程表のスタイルも全員で統一したこともあり、「誰が作った行程なのか」をメタ的な読みで推測する難易度が上がったのもポイントである。
渡す側はもう誰に行程が押し付けられるのかを把握しているが、押し付けられた側は受け取ってから宿に戻るまでに自分の行程や他の人の動きを見て誰が作った行程なのかを予測するわけである。
ああ、楽しみで仕方がない。
自分の行程がどんなものか、誰が作ったものなのか、他の人はどんな行程を渡されたのか、自分の作った行程を受け取った人はどんな感想を抱くのか。
顛末などはまたそのうち、落ち着いたときに。
--
初回 ↓
国道4号制覇の旅
日本一長い国道、というのは国道4号線らしい。
起点は東京日本橋で、終点は青森市の中心部にある青い森公園の前にある。
バイパスなどの開業で実延長とか総延長いろいろあってややこしいが、実延長742.5kmというのは東海道を結ぶあの国道1号(649.3km)よりもだいぶ長い道路だ。
東京→埼玉→茨城→栃木→茨城→栃木→福島→宮城→岩手→青森、という順で主に関東から東北の内陸部を縦断していくような路線だ。
先日、この国道4号を車で制覇しようという企画があり、参加してきたのでその時の様子をお伝えしたい。
東北自動車道が開通しているためそちらを使って移動することもできるわけだが、ここは敢えて国道4号にこだわって走破していこうという企画である。
参加人数は私を入れて4名。いつものあれ↓を一緒にやっているメンバーだ。
ブログで使っている名称などを鑑みて、必要に応じて
・友人A
・友人G
・友人Y
としたいと思う。
まあ区別がつかなくてもさほど問題はない、はず。
計画は単純だ。東京日本橋を金曜日の夜に出発する想定で集合し、翌日土曜日のうちに青森にまで到達する。ただそれだけである。
宿泊地は後の行程のことも考えて青森県のむつ市だが、土曜日の夜チェックインで予約をしてしまった。なので、我々はほぼ丸一日で国道4号を全制覇し、むつ市のホテルに宿泊しなければならない、ということになる。
この話を事前に八戸に住む友人に話したら、「正気ではない(意訳)」というコメントを貰ったが、まあ実際その通りだろう。高速道路を使ったとしてもこの道のりは結構長い。
だって、総延長742.5kmだ。よく考えて欲しい。高速道路ではない普通の国道をひたすら700km以上走り続けるというのは普通に考えて無茶苦茶だ。
新幹線だって東京から新青森までは3時間は掛かる。742kmの道のりを仮に常に60km/hのスピードで走り続けても12時間は掛かる計算だ。高速道路を使ってもかなりの時間を擁するのに、下道でとなるとまあ想像するだけで過酷だということがわかる。
というわけで、我々も策を練った。
ロスをなくすために代わる代わる運転するようにしよう、と。
まあ、なんてことはない。後部座席で寝ている人と運転及び助手席の人とで別れていれば、途中停車を伴う休憩などを減らせるのではないかということである。
今回はレンタカーを借りる方針で計画をしていたが、後部座席で寝やすいようにと大型のアルファードを選択した。4人の行程での7人乗りの車なので、3列目のシートを別の用途に活用できることになる。人が座る想定がないので2列目の座席は下げ放題倒し放題、荷物もトランクではなく座席に置けるという親切設計だ。縦にも横にも長いので居住性が抜群であり、このような企画にはぴったりの車だった。
まあもっとも、1日で742.5kmもの距離を下道移動しなければならないという事実には変わりがない。
後はもう「頑張るだけ」ということだ。
なお、私以外の3名は自家用車を所持しており、私の数倍運転に慣れている。私は車はないのでたまにレンタカーで運転する程度なので、今回ほとんどそういう意味では戦力になっていない。私は全然運転していないのだ。
一緒に戦った、というよりは連れて行ってもらった、という表現の方が近いと思う。
そんなわけで、時は2024年9月20日(金)。
仕事終わりに、先に車を借りてくれた人の家に押しかけて、企画の開始時間を待った。
≪2024年9月20日(金)≫
普通の平日だったので、18時までは仕事をしていた。17時半が定時なのだけれど、金曜日は17時からの会議があるので定時では帰れず、18時頃に退勤。
荷造りはしてあったので、まずは友人Aの家に向かった。
本当は一緒に車を借りに行く予定だったが、早めに借りられたということで途中駅で拾ってもらう事に。
他2名との合流は22時半頃の予定だったので、ちょうどいい時間になるまで友人A宅で時間をつぶした。
ちなみに今回、レンタカーは乗り捨てではなくちゃんと返しに行く想定があったので、荷物などは多少多くても帰りに家に横付けすれば積み下ろしが簡単であった。友人Aは簡易的な枕(クッション?)を車に積み込んだりしていた。
準備と時間つぶしを経て、22時過ぎに東京駅に移動。
首都高から直接入ることのできる八重洲の地下駐車場に車を止めて、残りの友人たちを東京駅に迎えに行った。
22時半頃に残りの2人と合流し早速乗車……ではなく、まずは国道4号の起点を見に行くことに。
国道4号の起点は日本橋なので、八重洲口からは徒歩圏内である。とはいえまあ片道10分程度はかかるので、一度車に荷物を置いてから歩いて日本橋へ行くこととなった。

日本橋には「日本国道路元標」という国道7本分の起点を示す印がある。あいにく道路の真ん中にあり、写真を撮りに行けるようなものではないので遠くから写真を撮る。

それだけでは味気ないので、橋のたもとにはレプリカがあるので見に行った。

日本橋自体は何度か歩いて渡ったことはあるが、「これから国道4号を走破するんだ」と思うと、里程標なども意味を持って立ち上がってくるというものだ。だって本当にこれから青森まで行くんだから。

「粁」というのはkm(キロメートル)のことだ。つまり、青森市までは736km先……国道4号が742.5kmの道のりなのだからこの数字は疑いようもなく正しいということになる。
スタートの記念として4人で写真を撮り、八重洲の駐車場へと歩いて戻った。
……戻ろうとしたのだが、ここでちょっとしたトラブルが発生する。
日本橋で写真を撮った時の時刻が22:57ということで、八重洲に戻る頃には23時を超過してしまっていた。
車を止めていた地下駐車場は八重洲の地下街の真下にあるのだが、この地下街、営業時間が23時まで出会った。そのため、通常の出入り口が利用できなくなってしまったのである。これは盲点だった。
隣の駐車場から行けないか試したり、別の入り口がないか探したり……などとたっぷり30分、駐車場の入り口を探す羽目になった。

結局、1か所だけ23時以降でも入れる場所を見つけて無事に車に乗り込んだ時、既に時刻は23:30となっていた。
これから742.5kmの道のりが待ち受けているというのに、出発前からしっかり時間を使ってしまった。
そうして今度は車で日本橋を通過し、国道4号制覇の旅が始まった。
<23:43 日本橋通過>
※時刻表記は出発時間をベースに記載する
運転は友人Y。私は助手席に座っていたので、日本橋通過の瞬間を動画に収めるなどしていた。
国道4号は日本橋を出て割とすぐ(新日本橋駅のところ)右折し、首都高にぶつかったところで左折している。ここから先は都内では分岐がないことも考えると、なまじ起点が日本橋であるための措置なんじゃないかという分岐具合だ。江戸橋JCT方面は東京都道316号ということで割り振られているが、道の広さなどは国道のそれである。日本橋が起点という縛りがなければきっと国道4号は新橋あたりだったんじゃなかろうか。
それよりもなによりも、国道4号の旅である。
正確な瞬間は覚えていないが、上野駅を左に見ながら進んでいるときにはたぶん日付が変わっていたんじゃないかと思う。
≪2024年9月21日(土)≫
繰り返しの確認になるが、この日の宿は青森県むつ市である。0時現在で未だ東京日本橋を出発して幾ばくか。長い旅は始まったばかりだ。
東京都内は特にこれといったイベントもなく、車内でくだらない話をしながら時間が過ぎていった。分岐も最初の2箇所だけで、それ以降はひたすから北上していくような進路だった。特に足立区内などはほぼほぼまっすぐに線形で、多少車が多い場面はありつつも快調な進み具合だった。
埼玉に入る手前から道路がバイパスになりより快調に進みだす。途中、草加あたりのローソンのところで盛大に事故っている車がいたのを見たりしたが、渋滞や通行止めを伴うようなトラブルはなく、スムーズに進んでいく。
<0:53 セブンイレブン 越谷平方山谷店 日本橋から31.2km>
この時間というのは金曜日の夜の延長のような時間であるのでまだまだみんな元気だ。全員同時にへばってしまってはマズいので交互に運転しようという話はしていたが、ここではまだ交代はしないことになった。
この後夜食を食べる予定があったのだが、夕飯を食べずにいた私はどうしてもお腹が空いてしまったのでここでおにぎりを買って食べた。目指していた店までまだ40kmくらいありそうだったので、このまま粘るのも違うかと思ったのだ。
他の友人たちと比べて食べる量は一番少ない私だが、空腹に対する許容値については私が一番低いかもしれない。まあ夕飯を普通に食べているのかもしれないが、皆は。
買い物だけを済ませ、特に長い休憩などはせずに、すぐに出発した。
次の目的地は夜食のラーメン屋と決まっていたので、店舗の場所を調べつつ、車を走らせていく。信号のほとんどないバイパス区間に突入していたので、さらに快適な道のりだった。
途中、埼玉県を抜けると、次は少しだけ茨城県に入る。五霞(ごか)と古河(こが)と続くので紛らわしいとかなんとかそんなことを話したような記憶があるが定かではない。
この区間も特に支障などなく、あっという間に栃木県に入った。
目的地は栃木県に入ってほどなく現れた。
夜中、国道沿い、ラーメン、赤い看板。
そう、「ラーメン山岡家」である。
国道4号沿いにももちろんあるのだ、山岡家は。

<1:38 ラーメン山岡家 小山田間店 日本橋から70.1km>
山岡家というラーメン屋はチェーン店なわけだが、夜中まで営業している店舗がほとんどである。私は昼間よりも夜中か早朝に山岡家に行くことが多い、というか明るいうちに山岡家に行くことはほとんどない気がする。大抵夜中か早朝。でもそういう時間に食べる山岡家が一番美味しいと思っている。
どうせこの後の道のりも長いということで、ここで夜食を摂ることにした。

夜中に食べる特製味噌ラーメンは最高に美味しかった。一人でなかなか夜中にドライブをするという機会がない(車を持っていないので)ので、こういう機会でもないとなかなか夜中の山岡家には行かない。だからこそ余計に美味しく感じる気がしている。
美味すぎて、食後1時間後に山岡家川柳を詠んでしまった。
「みちのくに 想いを馳せて 山岡家」
国道4号の旅と山岡家を掛けたということで、車内ではなかなか好評だった。
山岡家公式で川柳とか応募してないのかな? まあ応募していても別にみちのくに想いを馳せる意味が伝わらないと思うのでどうにもならないとは思うが。
そんな形で楽しくやっていたわけだが、午前3時を過ぎていよいよ眠気が出てきた。
普通に一週間仕事をした金曜日ということもある。このあたりで運転手を交代して助手席の私共々後部座席に引っ込むこととなった。
今回3列シートの車を4人で使っていることもあり、3列目には誰も座っていない。なので、2列目の座席は下げ放題、倒し放題である。この運転手交代の相談をする前に、座席をどれだけ倒せるかなどの実験は既に後部座席で行われており、かなり快適に寝られそうだということがわかっていた。
栃木県区間が終盤に差し掛かり2車線区間に突入し、ここからきつくなるぞ、などと無理やり見どころを作ったりしていたが、その後また山を越えたら車線が復活してきたりとそろそろ限界に近づいてきており、じゃあもう次のコンビニで前後のメンバーを入れ替えよう、ということに相成った。
そろそろ戦略的交互休憩が必要だ、ということである。
<3:35 セブンイレブン 那須塩原黒磯バイパス店 日本橋から164.4km>
友人Yから友人Aに運転手が変わり、私は助手席から後部座席に移った。
フルフラットにまではしなかったが、座席をたくさん倒して……あっという間に寝た。
私はこの先の福島県区間の記憶が一切ない。それはもうぐっすりと寝た。
2回ほどコンビニに止まったのはなんとなく覚えているが、目を開けることもなくそのままやり過ごした。
200kmポストなどの見どころはあったようだが、ガッツリと寝ていて見逃した。
はっきりと目を覚ましたのは、だいたい3時間が経過した6時半過ぎだった。
いつの間にか強めの雨が降っており、車内にも雨音が響き渡っていた。場所を確認すると福島県を通り過ぎ、宮城県へと差し掛かっている。
丁度丸々福島県区間を爆睡した、ということになるわけだ。
ちなみにその間ずっと友人Aが運転をしており、走行距離は140kmを超えようというところであった。助手席で友人Gも寝ていた時間があったらしく、交代のタイミングがなかったらしい。
福島県が終わり、全員起床したということで運転手交代が行われることになった。
<6:47 ファミリーマート蔵王宮店 日本橋から310.7km>
宮城県である。朝の段階で宮城県に入ったということで「案外早いな」と私は思った。思ったのだけれど、なんだかんだで出発してからは7時間近く経過しているわけであるのでこの感覚はわりと誤っている。朝=1日の始まりという図式だけでなんとなく余裕がありそうに思えているだけで、実際はまだ行程の半分にも達していない。
また、このあたりから外の涼しさというものが気になるようになってきた。前日の東京の最高気温は35℃近くある真夏のような日だったが、この日の東北地方は全般的に天気が悪いこともありかなり冷涼だった。いきなり20℃くらいの気温に放り込まれてしまったため、ギャップがなかなか凄かった。
私は割と平気(そもそも真夏でも2枚は着ている)なほうだったが、一番ペラペラな半袖だった友人Yは外に出るたびにかなり寒がっていた。
友人Aから友人Yに運転交代し、再度出発……したのだが、割とすぐにトイレに行きたくなるなどしてローソンに車を入れたりもした。
国道6号との合流地点(ニトリ岩沼店のある交差点)に差し掛かった時には動画を取るなど多少の盛り上がりを見せていたが、さすがに後部座席のメンバーはそのあとすぐ寝入っていたように思う。
朝7時台の仙台市付近の国道4号はさすがに交通量が多く進みがやや鈍るなどしたが、それでも直接仙台駅方面には向かわないという道路事情も相まってそこまで気になるほどのロスはなかった。
どちらかというと8時過ぎくらいに一度国道4号を逸れて八乙女方面のファミリーマートに車を入れたりしていた時間の方がロスはあったが、まあそれも微々たるものだ。雨が降っていたので特に降車して何かしたわけでもなく、友人Yがコンビニで朝食を調達したくらいである。
同じ地点から国道4号に復帰し、再度淡々と国道4号を北上していった。
国道4号は割と都市部を通っているせいなのか、沿線に道の駅があまり存在しない。
というかまあ道の駅というものがここ20年で倍増したものであるため、地方部の方が新設されやすいという事情があるのだろう。
そんな国道4号沿いの宮城県唯一の道の駅、三本木に寄って休憩をすることとなった。

土砂降りの雨の中、道の駅の駐車場から建物まで走って、まずトイレに行った。
その後朝食でも調達しようかと思ったら、トイレに行った建物と売店のある店舗が別で、また雨の中駐車場を走る。
夜中にラーメンを食べて以降飲み物以外は特に口にしていなかったので、道の駅の売店で総菜パンを買って、朝食とした。
道の駅のお土産コーナーに混ざっている地元のパン屋の総菜パンというのはわりと「道の駅あるある」だと思うのだけれど、食べてみるとやっぱり美味しいものだ。名物とかではないと思うのだけれど、こういう時ありがたいものである。
普段の旅行だと道の駅に来るときはお土産を買うとか普通に腰を据えてレストランで食事を摂るとかの方向に行きがちなので、売店で地元向けっぽい食料を手に取って買う、というのもなかなかレアな体験であると言えるかもしれない。少なくとも私にとっては。
道の駅で休憩した後再び北上……したのだけれど、出発後、我々はすぐにある施設に吸い込まれていく。
<9:58 テレトラック三本木 日本橋から388.9km>

テレトラック、とはまああれだ、場外馬券場の一種である。地方競馬が主催している場外馬券場であるが、中央競馬開催時にはその馬券も発売してくれる施設である。
せっかくの国道4号沿い施設ということで、寄らない手はない。
建物は巨大なのだけれど、入り口が限定されていたり、内部を適当にパーテーションで仕切ってあったり、わりと空調とか配管とかがむき出しだったりする様子からどうもスーパーか何かの居抜きじゃないかと思う。とはいえオープンしてから20年くらい経っているようなので、調べてもそのあたりはよくわからなかった。
朝10時前という時間帯であったが、この時間からちょうど競馬開催が始まっている……ということで、休憩がてら1レースだけ勝負していくことになった。これからまだまだ続く道のりに向けての運試しというわけである。

まあ結果は誰も大きな当たりはなし。そんなもんだ。
気を取り直して我々は再び国道4号を北上し始めた。
走り始めて割とすぐに日本橋から400kmを示す看板があったりして、動画に収めるなどした。普通に走行中だったので一瞬しか見られなかったが、いつの間にか半分以上は来ているんだなという実感は確かにそこにあった。
……宮城県の北部に差し掛かろうかという段階でまだ半分を超えたところなのか? という気持ちもあったけれど。
このあたりの道路はバイパスという名前が付いていたりはするものの車線としては片側1車線ずつの道路であり、あまり距離が稼げない時間が続いた。片側2車線あると大型のトラックなどを抜く余地があるが、1車線ずつだと遅い車の後ろについてしまった時にどうしようもない。
県境区間などはだいたい山越えのような形になっているので、登坂車線やゆずり車線などを活用しつつ先を急いだ。
400kmを超えてそろそろガソリンが少なくなってきたので、宮城を抜けて岩手に入ったタイミングで給油をすることになった。
<11:36 出光セルフR4一関 日本橋から440.8km>
岩手に入って山を下ると、道が開けて片側2車線道路になったタイミングでガソリンスタンドが見つかったので、給油をした。さすがに400km以上走行しているとガソリンもなくなるものである。
アルファードってこんなにガソリンはいるんだな、というのと、そんなに入るのにこんなに減ったのか、という両方の気持ちで、上がり続けるガソリン料金の表示を眺めた。
感覚がすっかり麻痺してしまっていたが、そもそも普通に車で400km以上の距離をレンタカーで連続走行することはなかなかないことである。一人で200kmとかを運転すると「今日は結構走ったな」と思うので、400kmというのはまあかなりの距離だ。それも下道だけで。
県境を越えたという丁度いいタイミングだったので、運転手も交代となった。友人Yから友人Aへの交代である。この2人については長距離運転の経験が豊富であり、まあ要するに異様にタフということもあってメインの運転をずっと担っていたわけである。
車の給油が終わったところで、人間の方もそろそろ食事が摂りたいという話になる。
日中帯なので、普通の店も開いているので岩手名物を食べることが可能である……ということで、昼は盛岡冷麺を食べに行くこととなった。幸い、盛岡冷麺が食べられる店というのはチェーン店でいくつか存在する。とはいえ距離も稼がなくてはいけないということで、奥州市まで北上して「焼肉・冷麺ヤマト」の水沢店を目標に定めることとなった。
一関インターにも店があったが、国道4号沿いではなかったので選択肢には上がらなかった。むしろ、冷麺とは関係のない「ラーメンショップ」の方が車内では話題にあがっていた。国道4号沿いに店舗があるラーメンショップ平泉店は日本で一番美味いとも言われている有名店舗らしく、ここに行くのもありだな、という話もあった。
ただ、実際に店の前を通過した時には行列ができており、「これはさすがに無理だな」ということで話は立ち消えとなった。行列のできるラーメンショップ、いつか入ってみたいものだが、昼時に行列しているのを見ると結構時間帯とかも考えて行かないといけないのかもしれない。
そんな話をしながらさらに進んでいくと、平泉の街が近づいてきた。有名な中尊寺金色堂などははさすがに道を結構逸れることになるので見に行く余裕はなかったが、手前にある松尾芭蕉の句碑くらいなら見に行けるのではないか、ということになり道の駅平泉のところで一旦国道4号を逸れてみた。
松尾芭蕉が平泉で詠んだのは「夏草や兵どもが夢の跡」という句である。奥州藤原氏の栄華や源義経を偲んで詠まれた句であり、過去の栄光が消えていくような無常観が込められたものだが、我々はよく「ライブ後の誰もいない静まり返った会場」に当てはめて時の流れの無情さを感じるなどしている。
ということなので見に行こうかと思ったのだけれど、句碑のある「高館義経堂」が有料施設であることと、相変わらず雨が降っているということで結局ここは見学はせずに元の国道4号に戻ることとなった。そんなに時間もないし、あとまあ結構寒いしで、無理はしなかった。
あっさりと引き返し、特に観光らしい観光はしないままに再び国道4号の旅に復帰したわけである。
雨の中また30分くらい北上して、焼肉・冷麺ヤマトの水沢店に到着した。私はその間、後部座席で寝ていたような気がする。水沢は今年一度別件で訪れており、駅近くの国道4号も駅よりだいぶ東にあるバイパスの方も徒歩で渡ったりしていたわけだが、あっさりとその区間を爆睡して見逃した。というかバイパスの方のイメージが強すぎて、駅近くも国道4号なんだということは後から気が付いたくらいだった。やまなか家という別の焼肉・冷麺の店に行った時にガッツリ通ってるはずではあるんだけれども。
<13:31 焼肉・冷麺ヤマト 水沢店 日本橋から468.4km>
店に到着したときも相変わらずの雨模様だった。特に長めの待ち時間は発生しておらず、トイレに行って帰ってきたらもう座席に案内されているところだった。
冷麺のフェアをやっていたので冷麺を単品で頼むとかなりお得だということは目に入っていたのだけれど、どうも焼肉丼とのセットが美味しそうに見えて、そちらを注文してしまった。後から考えればそれぞれ単品で頼めばよかったような気はしたが、まあ特に気にしないことにする。
私以外の3人は、焼肉用の肉も注文していた。つい先日まではまだまだ暑くて焼肉の網に近づくとそれだけで暑いなんて思っていたのに、この日は打って変わって肌寒く、コンロの日に寄る温かさがちょうどいい、なんて、なんだか可笑しかったりもした。

冷麺と焼肉丼のセットはとても美味しかった。夏は冷麺の上の果物はスイカになるようだけれど、この日は梨だった。個人的にはスイカより梨の方が好き。
岩手と宮城に複数店舗あるので、また行きたい店が増えた。やまなか家という別のチェーンもあるし、盛岡冷麺を食べられる焼肉屋は結構たくさんあるもんなんだな。あんまり意識したことがなかったので気づかなかったけれど。
腹ごしらえを済ませて車に戻ると、まだ相変わらずの雨であったが、それ以上に肌寒さの方がさらに増していた。まあ冷麺を食べたせいかもしれないが、食事をしたことによる体温上昇はさほどなかったようだ。
気温としては20℃をすっかり下回っており、前日の東京が35℃であったのがまるでもう遠い昔のようであった。それに、これからさらに北上しようというわけで、さらに寒くなるということは目に見えていた。
私はこの国道4号の旅の後に函館に渡るつもりだということを踏まえて長袖を持っていていたが、他の3人は特にそう言った用意をしていなかったらしく、じゃあもうこのあたりのどこかの店で長袖の服を調達したほうがいいんじゃないのか、という結論に至るのにはそう時間がかからなかった。
調べてみると、国道4号沿いにしまむらがあるらしい、ということで、我々はファッションセンターしまむらに寄り道をすることとなった。
しまむらの手前で「最初に青森の名前が出てくる青看板」があったので、真横のパチンコ屋の駐車場から写真を撮るなどした後、北上の市街地を抜けそうなあたりに建っているしまむらに寄り道をした。
<14:36 ファッションセンターしまむら 北上北店 日本橋から489.4km>
私以外の3名が長袖の服を購入。私はといえば相変わらず半袖ではあったが、中にも1枚着ているし特にまだ大丈夫だなと思ったので購入せず。いざとなれば荷物の中から長袖のシャツを出せばいいかなくらいの感じでいたので、ここでは買い物をしなかった。
トイレなどだけ済ませて、再び車に乗り込む。
このとちょうど日本橋から500kmの地点を迎えたあたりで運転手を交代しようということになり、たまたまあったパチンコ屋の駐車場で運転交代となった。
<14:58 空港ネクスト(パチンコ屋) 日本橋から502.4km>
「空港ネクスト」って何だろう、と思ったら、道路の向かい側の敷地が花巻空港だった。花巻空港の向かい側にあるからこんな名前がついているようだ。
ここらで私も運転手として登板……という流れかと思ったが、普通に結構眠かったのもあってここではまだ私の出番とはならなかった。
代わりに、同じくまだ運転をしていなかった友人Gが運転席に座ることになった。本当は明け方の福島県区間あたりで運転しそうな雰囲気はあったようだが、その時間は助手席で爆睡していたそうで登板はなかった。
私の出番はどうもこの次になりそうだということがわかったので、この区間は基本的にうとうとと寝ている時間が多かったように思う。花巻の後、盛岡の市街地の外周を通り抜けるようなタイミングがあったはずなのだが、覚えていないので寝ていたのだと思う。
国道4号はだいたい都市部に近づくと車線が増え、通り抜けて山が近づくと車線が減る、というのを繰り返していたが、目を覚ました時にはもう車線は片側1車線ずつの道路になっていた。盛岡の少し北、渋民あたりだったと思う。
渋民は石川啄木の故郷ということで、「はたらけど はたらけど猶(なほ)わが生活(くらし)楽にならざり ぢっと手を見る」という句の話になった。働いたって全然暮らしが楽にならないぞ、という句だが、実態としての石川啄木は案外浪費家でまめに働くタイプでもなかった……というギャップが人間くさい感じがして個人的には結構好きだ。
そんな話をしてすっかり目が覚めたということもあり、そろそろ運転を交代するか、ということになった。
青森県に入ったら友人Aが運転したいということで、残りの岩手県区間を私が担当することになった。満を持しての登板である。4人の中で唯一車を所持しておらず、普段もほとんど運転はしないということを考えると、温存されていたというよりは「ベンチを温めていた」というのが正解に近いが。
<16:42 ローソン岩手川口境田店 日本橋から562.6km>
まだ完全に日暮れというには早い時間だったが、雨が降っていたこともあってもうかなり周囲はそれなりに暗くなっていた。夕方から夜の境目のようであった。
日本橋から562.6km、初めての運転席に座る。今までたぶんアルファードは運転したことがなかったと思うので、そういう意味でも初めての運転席だった。かなり加速が良く、運転としては快適だった。
とはいえ運転を始めてすぐ、前の車が遅かったので思い切って対向車線に出て抜こうとして対向車が見えたので慌てて戻る……というのをやったせいで同乗者は「こいつに運転を任せたのはダメだったじゃないのか?」という疑念を抱いた可能性は高い。まあでもそれ以降無理はせずに運転したつもりなので、許してほしい。無理せずというか、線形や暗さ、降雨などの状況から無理ができるような感じがなかっただけというところではあるが。
10分ほど運転をしていると、「北緯40度」を示す看板が現れた。日本橋がだいたい北緯35度のところにあるので、緯度でいうところの5度も北上してきたことになる。
ここには「岩手町北緯40度公園」というものがあるらしく、看板はそこへの分岐案内を兼ねているようだった。我々は結構そういうモニュメントなどが好きで、過去、秋田県の大舘村にある経緯度交会点(東経140度の経線と北緯40度の緯線がぶつかっているところ)を見に行ったりもしていたが、17時を前にしてまだ岩手県という状況はさすがにもう寄り道をしている余裕はなく、車内で話題になっただけで通り過ぎることとした。
明るくて天気が良ければまず見に行っていただろうな、とは思う。
さらに10分ほど運転したところで、今度は唐突に「国道4号 最高地点」という看板が現れた。緩やかなカーブの先、峠の頂上ということもあり、一瞬みただけであっという間に通り過ぎて行ってしまった。これに関しては、車内では「しまった、見逃した」「ノーマークだった」と悔しがる声が多かった。
とはいえ場所が場所だけに車を止めるスペースもなさそうだったので、引き返して看板を見に行くということはしなかった。
そのまま車を走らせていくと、いよいよ岩手県も最終局面に入っていく。地名も「一戸」「二戸」とだんだんと数字が大きくなるにつれて青森県が近くなっていくので、わかりやすい。まあ別にその法則で完全に地名が付いているわけではなく、一戸の東には九戸があるし、四戸はない(安土桃山時代あたりで消失した)などバラバラなのだけれど、国道4号的には一戸二戸が岩手で三戸から青森というのがわかりやすい、という話だ。
その一戸では国道4号で最初のトンネルが現れる。
なんと国道4号は日本橋から一戸まで全くトンネルの区間が存在しないのだ。平地が多い関東平野区間はともかく、それなりにアップダウンのある東北区間でも岩手の北部までトンネルがないというのはなかなか意外である。
一戸の中心部を抜けると割とすぐに二戸の中心部に到達する。二戸の駅は新幹線が止まるので、立派なアーチ状の駅舎が遠目に見てもかなり主張していた。
18時近くなりすっかり日が暮れようかというところで、「青岩大橋」という橋に差し掛かる。
名前からして明らかなように、青森と岩手の県境の橋だった。
ようやく、長い長い岩手県を抜け、最終局面である青森県を迎えた。食事の時間などがあったことを差し引いても、岩手県内は距離が長いうえに線形があまり良くない箇所が多く、進みが悪かった、というのが総じての感想だった。もちろん国道4号としても一番距離の長い県であるために当たり前ではあるのだけれど、日中帯の大半の時間を使ってようやく走り抜けた、というイメージが強かった。
青森県内は友人Aが運転したい、とのことで、青森県に入ってすぐのコンビニで運転手を交代することになった。
<18:05 ミニストップ三戸川守田店 日本橋から630.0km>
これにて、運転手のお役御免である。あとは終点まで100km強ということで、ようやく終わりが見えてきたという格好になる。
友人Aに運転を交代し、私はそのまま助手席に移動した。
三戸から五戸あたりは山がちの道が残っていたが、十和田や七戸に至るとバイパスなどもあり、かなり快調に飛ばせるようになってくる。残りの距離と時間を考えても、とりあえず現実的な時間にゴールできそうだということで、車内には安どの空気が漂った。
なお繰り返すがこの日の宿は下北半島のむつ市である。国道4号の終点である青森市からも100kmある。とりあえず終点の青森市まで行った後に、宿泊地までさらに100km移動しなければならない、というスケジュールであるため、22時くらいまでには青森にいないとまずいだろうという見立てていた。
岩手県内を走行しているときには「これ、かなりギリギリになるのでは?」という雰囲気が漂っていたが、大きなトラブルもなく青森県に入ることができ、ようやく現実的な到着時間を考えられる距離になったというのは気持ちの上での安堵感が大きかった。
これで青森市内で夕飯を食べていくことも考えられそうだ、ということで、どこで食べるかという算段もできるようになった。
野辺地を過ぎると、進行方向の右側に陸奥湾が現れた。もうすっかり夜のため景色を楽しむことはできないが、日本橋から走ってきて初めての海沿いということになるのでテンションも上がるものだ。
交通量もあまり多くなく、友人Aは何度か運転したことがある道ということでこの区間も快調に飛ばしていく。
浅虫温泉のあたりで工事区間がありやや車が詰まったりもしていたが、その先がバイパス区間だったりして、大きなロスはなかったように思える。
バイパス上のトンネルを2つ通り抜けると、青森市街が目前に迫る。いよいよ終点が近づいてきた。

<20:20 ローソン青森はまなす店 日本橋から733.4km>
国道4号の終着点、青い森公園までの区間の運転者は、公正にじゃんけんで決定することとなった。ローソンの駐車場に車を入れて、じゃんけんをする。
結果、運転者は友人Gに決まった。
私はそのままの流れで助手席に座ることになったので、最後の国道4号終点の通過の瞬間を動画に収めることとなった。
走り出してすぐに引っかかった信号の先に、おなじみの赤い看板の「山岡家」があった。夜中の1時半とかに食べた山岡家がもう遠い昔のようである。まさに我々が想いを馳せた「みちのくの山岡家」なわけで、妙な感慨深ささえあった。
山岡家のある交差点から先は本当にもう一直線だった。時間にして5分ちょっとで、その瞬間は訪れた。
<20:28 国道4号終点(青い森公園前) 日本橋から742.5km>
青い森公園を通過した先、「県庁前」の交差点を通過したことにより、国道4号線の終点を走破した。
前日の23:43に起点の日本橋を通過し、翌日の20:28に終点の青い森公園に到達。
長い長い旅だった。たっぷり20時間弱の時間を掛けて、とうとう国道4号線を通って青森までやってくることができたのだ。
凄く長かった……という余韻に浸るのもそこそこに、その後はとりあえずまずは夕飯ということで、21時半閉店の回転寿司に滑り込むべく車を走らせた。ここで食いっぱぐれると辛いので、何はともあれ食事である。時間的にコンビニ食まで考えていた中で何とか20時台に青森に到着できたので、大慌てで地場系の回転寿司屋へ向かったのである。
ラストオーダーが目前に迫っていたので大慌てて注文し、閉店時間もあるのでこれまた大慌てで平らげた。
大慌てではあったが、ちゃんと美味しかった。

寿司屋を出て、宿泊先に向かう前に再度青い森公園に向かう。今度はちゃんと車を降りて、終点を見に行った。
考えてみれば、日本橋とパターンとしては同じである。国道4号の起点・終点はどちらも行き止まりではないので、まずは通過することを優先。そしてそれ以外のタイミングで直接その場所を見に行くわけである。
青い森公園前にはこんな看板が立っていた。

車で通過したときは明示的な看板などは見つけられなかったが、ちゃんと歩道にはこんな看板があった。わかりやすいし、これを見てはっきりと、ああ東京からここまで国道4号で来たんだな、という実感がわいたものだ。

気温は10℃くらいで肌寒いどころかだいぶ寒かったのだけれど、青森市内は雨も降っておらずそこまで強くは寒さを感じなかった。
私たちは日本橋でそうしたのと同じように、ここで記念写真を撮影した。

この時点でたぶん全員が思っていたのは「無事に達成できてよかった」ということだと思う。正直、道中、特に岩手の北あたりでは「結構時間がやばくないか?」という雰囲気が漂っていたので、ちゃんと青森で夕飯を食べられるくらいの時間に到着できたこと自体が非常に喜ばしいことであった。
それから、事故等のトラブルがなかったのも良かった。通行止めが発生するとそもそも国道4号を制覇できないじゃないか、というのはもちろんそうなのだけれど、それ以上に怪我とかそういう意味で何もなかったのが良かった。
青い森公園を後にした我々は、そのまま宿泊先へと向かった。
宿泊先である下北半島のむつ市には結局23時過ぎくらいに到着したと思う。いや、半は過ぎていたかもしれない。まあともかく、温泉付きのホテルだったが、温泉の営業時間が終わっているような時間だ。
部屋でシャワーを浴びて、少し喋ったりして、あとはもう、ベッドに入って爆睡するだけ……と思いきや、天候の影響で翌日の旅程が成り立たなくなってしまったことに気が付いたりして、それはそれでいろいろあった。
大間からフェリーに乗って函館に行こうと思っていたのに、その大間函館のフェリーが悪天候で運休を決めていたのだ。寝る前に気が付いて本当によかった。
函館で1泊する予約をしていたので、翌日の行程を変更してまず奥津軽いまべつ駅に車で行って……などという話し合いを済ませてようやくベッドに入った時は既に2時近かった気もするが、あまり覚えていない。
翌日は朝起きて温泉に入り、ラーメンを食べ、移動し、1区間だけ新幹線に乗り……という行程になったわけだが、
これは別の物語、いつかまた、別のときにはなすことにしよう。
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他の人の視点
「第2回 旅程を他人に押し付けろ! ~行程シャッフルフェスティバル~」
「旅程を他人に押し付けろ! ~行程シャッフルフェスティバル~」とは、一人旅の日帰り旅行予定を作って、それを他の人に押し付ける、という旅企画である。自分が作った旅程を渡して、自分は受け取った誰かが作った計画に沿って旅行する。そういう何とも不思議な遊びだ。
しかしそれが妙に面白いとあって、今回なんと第2回開催と相成った。
本日から1か月前の2023年9月23日(土)のことである。
旅のレギュレーションについては下記に詳しい。
※なお、前回開催については下記の通り。
開催地については、
起点:府中・東京競馬場(東京都府中市)
終点:取手駅(茨城県取手市)
というやや変則的なルールとなったが、これにより各メンバーが必ず東京→茨城以上の移動をすることが確定となった。
今回も参加者は4名。
それぞれが1日分の旅程を作ってきた。電車の切符など行程上必要なものは作成者が用意するわけだが、前日までに用意できないもの(例えば施設の利用料など)は現金で用意。あとは具体的な行動予定の一覧表と、人によってはそこに資料をつけていたりもする。それらすべてを封筒に入れて持参しているわけだ。
封筒自体も統一しているわけではないので、下記のようにして行程の抽選会を実施した。
①1~4までの数字の書かれた札を取り、各自が自分の引いた番号を覚える
②別室に行き、自分の引いた番号を行程の入った封筒に記入し、ベッドの下に見えないように隠す
③全員隠し終わったら、再度数字の書かれた札を引き直す
④引いた番号の書いてある封筒を受け取って、ネタバレを避けるために、最初の行動開始時間と終了時間以外を伏せた状態で各自が行程を確認する。
⑤内容に従って翌朝から行動に移る
③で自分の行程番号を引いた場合は再抽選となる予定だったが、今回も1度の抽選で被りなく分配された。
もう正直④の時点で内容を見ていろいろしゃべりたくて喋りたくて仕方がないのだけれど、ネタバレは避けたいのでみんな話し方がめちゃくちゃに曖昧になる。「え、なにこれ」とか「これ本当にできるの?」だとかそういう微妙な独り言みたいな会話にならない感じの状態が続いた後は、「結構過酷かもしれない」だとか「ちょっとこれなかなか最初見たらびっくりすると思うよ」みたいなこれまた具体的にはなり切らない"匂わせ"みたいな会話になっていく。
旅程を渡された時の受け取り方も結構人ぞれぞれで、全部の行程を「本当に実現可能なのか」と乗り換え検索などで調べるタイプの人がいれば、だいたいざっと眺めて「これ面白いな」「行きたいと思ってたけどこれここで行けるのか」みたいな話をしている人もいる。個性というかスタイルというか、受け取った旅程の感じにも寄るのだろうけれど、この時点でも結構面白いものだ。
この時点で誰が自分の作った行程を引いたのかというのもわかっているので、それを悟られないふりをしながら「へー、明日結構夜遅いっぽいの?」みたいな感じでそ知らぬふりをするものめちゃくちゃに面白い。
そもそもこの行程シャッフルをするまでにいろいろあってだいぶ遅い時間になってしまっていたのに、結局この日就寝したのは深夜の2時半とかそういう時間になってしまった。
夕飯を食べた時点で結構な遅い時刻だったので、その時は「これで明日始発だったらやばいな」なんて笑っていた。
笑っていた。
満を持して、翌日。
「第2回 旅程を他人に押し付けろ! ~行程シャッフルフェスティバル~」が開催された。
<出発 4:32>
— bays_son (@_beyson_) September 22, 2023
え?
とりあえず下の写真を見て欲しい。

これは、府中本町駅から東京競馬場へ直結する歩道橋を下から撮った写真である。右奥が東京競馬場の西門の方面だ。この時点での時刻は4:45。夜が明け始めてもいない、真っ暗な状態だ。

「明日始発だったらやばいな」と笑っていたが、まさにそれで、私の引いた行程では「府中本町駅5:01の始発に乗る」のが最初の行程だったわけである。
駅までの道のりと、上記のような寄り道を含めて考えると、私の起床時間は4:25ということになった。4:25に起きて4:30に出発した。全部用意を済ませて本当に出発するだけの状態にしていたが、3:00くらいまで普通に起きていて4:25に起床するというのは本当にただの仮眠だ。
寝ているのか起きているのか良くわからない状態で歩きながら、前日降っていた雨がすっかり止んでいたので良かったな、と思ったのを覚えている。前日と言ったって、5時間くらい前は土砂降りだったのだからまあなんか、一晩寝たら天気が良くなったというわけでもない。
とりあえず、傘を差しながらこの真っ暗な中歩いていたら消耗したんじゃないかな、ということは考えた。雨がやんでいて本当によかった。暑くもないし、あたりが真っ暗であまりにも夜であるということを除けば、旅立ちの時間としては全然、悪くない。
歩いているうちに夜が明ける気配もなく、最初の電車の乗車駅に到着する。
<府中本町駅 5:01発 武蔵野線・東京行き ⇒ 西国分寺駅 5:06着>

南武線の始発列車が上下とも少し早く出発するので、府中本町駅で最も早い時間の列車ということにはならないが、それにしたって5時はなかなか早い。ただ、これに関しては後行程を見ると「意味のある始発での移動」だったので、猛烈に眠いことを除けば有意義な出発時刻だったと言える。
乗客は1車両当たり5,6人といったところ。近隣に何か夜通しやっていそうな居酒屋の類は見当たらず、接続する列車もないためこんなものなんだろう。都心駅の土曜日の始発列車とはまた違った趣がある。
動き出したら5分でもう乗り換えのため降車……ということで、寝ないようにしようと思う間もなく西国分寺に到着した。
<西国分寺駅 5:10発 中央線(快速)・東京行き ⇒ 東京駅 5:52着>

2本連続東京行きの列車だが、武蔵野線と中央線とではその経路は大きく異なっている。
路線図を見れば一発で理解してもらえると思うが、中央線なら40分強で到着するところを武蔵野線だと1時間40分もかかる。たまたま行先は同じだが、東京都の西側地域から武蔵野線だけで東京駅に向かおうという人はまずいないだろう。
西国分寺5:10の中央線は青梅4:35始発の比較的長距離な列車ということもありそこそこ人が乗っていたが、運良く乗り込んだ先の1席が空いていたので座ることができた。
何だかんだで40分は乗っていかないといけないわけで、座れてよかったと思う。朝のこの眠い中での40分間の着席はだいぶ大きいアドバンテージだ。
私はとりあえず終点の東京駅に着くまでは目を閉じて寝ることにした。
ところがまあ、眠いはずだがぐっすりと寝ることもなく、たまにうとうとするくらいで東京駅に到着した。眠いのは眠いけれど、気持ちが昂っているような感じがあって寝入るというまでは至らなかったのだ。まあでも、目を閉じているだけでも違うと言うしいいんじゃないかなと自分に言い聞かせつつ、東京駅のホームに降り立った。
新宿~お茶の水でだいぶ降車客があったが、大きな荷物を持っている旅行客と思しき人たちは大抵東京まで乗りとおしだった。まあそうだろう。ちょうどいい行楽シーズンである。新幹線の始発である6時の少し前に東京駅に到着する列車の需要というのは旅行的にはだいぶ大きなものだと思う。そして私もその中の一人というわけである。
東京駅での乗り換えは16分の余裕がある。駅のコンコースはそれなりに混雑していた。とはいえ朝のラッシュ時間帯などとはさすがに比べ物にはならない。普通に移動はできるし、まあ想像の範囲内だ。
混雑が顕著だったのは、駅弁屋である。私は新幹線の中での朝食として駅弁を買おうと思っていたのでまっすぐ駅弁屋「祭」に向かったが、店の混雑は昼間のそれとあまり変わりがなく驚いた。
まあでも、「祭」は混雑していてもレジの台数が異様にあるのでそこまで過剰に時間を取られることはない。乗車に間に合わなくなることなどはないだろうと踏んで私はその人ごみの中分け入っていった。
乗り換え時間は16分という時間だったが、6:00の時点で新幹線改札を通過できるくらいにはあっさりと駅弁を購入することができた。
そう、この後は新幹線。お手洗いなどの設備は車内に整っているし、単純に車内で必要なものだけ買いこんで向かえばいいという、比較的イージーモードだったというわけだ。
<東京駅 6:08発 上越新幹線 とき301号・新潟行き ⇒ 長岡駅 7:48着>
というわけで、東京駅から乗車したのは上越新幹線の始発列車だ。


ようやく空が明るくなってきて、朝だな、という雰囲気になる。とはいっても、まだ日は登っていない。この日(9/23)は夏至から3ヶ月が経過した「秋分の日」であり、昼と夜の長さが同じになる日というわけで、そりゃあまあ夏と比べたらなかなか日が昇らないよな、というわけだ。
いつもダイヤがきついせいで割とギリギリまで入線してこない印象のある東京駅の新幹線ホームだが、始発だともう乗車可能な状態で待ち構えている。
私は先頭車両の写真を撮ってから、車両内へと足を運んだ。
「指定席・グリーン席共に多くのお客様にご利用いただいておりますので、荷物は空いた座席に置かないでください」という趣旨のアナウンスが入ったので、かなり混雑していたものと思う。
……思う、というのは、私の座席がそのどちらでもなかったからである。
そう、私の座席はグランクラスだったのだ。



行程表には「12号車」としか書いてなかったので全然気が付かなかったが、切符を見たときに「グランクラス」と書いてあって本当にびっくりした。
いやはや、人から受け取った旅程でグランクラスに乗ることになるとは。

「新幹線特急券・グリーン券」という文字の方が目立っているが、値段の下部にちゃんとグランクラスと記載がある。こういう表記になるんだな、という事さえこの日まで全く知らなかった。
だって人生で一度もグランクラスには乗ったことがないし、グリーン車だってめったに乗るものではない。先週、JREポイントを使って普通車をグリーン車に格上げするという手段を使った時に「グランクラスってのも一度は乗ってみたいよな~」などとぼんやりと思ったりはしたが、まさか翌週にグランクラスに乗車することになるとは思わなかった。
上越新幹線のグランクラスには食事のサービスなどがないわけだが、そんなことは大した問題ではない。「新幹線のファーストクラス」という謳い文句があるが、その空間に足を踏み入れるという事実からもう既に興奮しっぱなしだった。


本当に初めてだったものだから、机の出し方は分からないし荷物棚は飛行機みたいだしで慣れないことだらけである。椅子全体が前に出たり引っ込んだりと何かしら動かせるし、後ろの席にも支障がないように覆われているしで何もかも他の座席と異なっている。
誰か来たらやや恥ずかしいので最初は遠慮しつつ写真を撮っていたが、どうも誰も乗ってこないぞとわかったあたりからはもう特に何の配慮もせず撮影をしまくった。
さて、今回の「行程シャッフルフェスティバル」でもチェックポイントで写真を撮ってX(Twitter)につぶやく指令がある。
第1のチェックポイントがグランクラスの座席の写真と共に「グランクラスを開催…」とつぶやくということなので、実施した。
グランクラスを開催…
— bays_son (@_beyson_) September 22, 2023
#行程シャッフルフェスティバル pic.twitter.com/NL9ijTd6lO
グランクラス、開催。
いや、グランクラスて。
さすがにトイレはグリーン車と共通なのか、などと出発から15分くらい車両をうろうろした後、座席に戻って早めの朝ごはんを食べることにした。
まだ6時半だというのに、牛たん弁当を食べてしまった。別に仙台に行く列車ではないのでなんの意味があるわけでもなく、ただただ好きだから、という理由でこの弁当にした。海鮮系(いくらとか)も好きだが、朝意外と涼しかったのもあって、温かいものを食べたいという意識が働いたのもある。


安定の味、定期的に食べたくなる味。仙台に行きたくなった。
でもあれなんだよな、この弁当に一緒についてくる漬物は、この弁当にしか入っていないから、牛たん屋とかに行っても別に食べられるわけじゃないんだよな。青唐辛子のみそ漬けが牛たんの付け合わせとしては定番で私も大好きでそれだけ買ったりするくらいだが、本当はこのこばやしの牛たん弁当に付いてくる漬物も個別で買いたいくらい好きなのだ。どこかで買えないか誰か知っていたら教えて欲しい。製造会社までは突き止めたことがあるのだけれど、確か、業務用というか、漬物単体では扱っている場所を見つけることができなかった。
誰もいないグランクラスの車内で牛たん弁当を開催したあとは、せっかく机があるので今後の行程について確認をする。コンセントがある列車は貴重なので、スマホの充電もしておく。
乗り換えなどはだいたい指定されているが、一部自由選択の箇所があるのと、食事場所などの指定はなかったため軽く調べたりしつつして過ごした。
途中、群馬から新潟に至る大清水トンネルに差し掛かった際には軽く寝たりもした。座席が快適すぎてあと3時間くらい乗っていたかった。だが、東京を出て1時間40分で降車駅の長岡に到着してしまった。残念だ、なんて残念なんだ。いつか絶対に東京→新函館北斗、いや東京→札幌が開通したらその区間全部グランクラスで乗って行こうと、そう思いながらグランクラスを後にした。
結局、長岡まで一切他の利用客が来なかったため、グランクラスはずっと私一人の貸し切りだった。乗務員以外では一度だけ東京出発前に駆け込んできた人がいたが、グランクラス利用者ではなかったようですぐに後ろの扉から出て行った。それ以外には全く一般客の姿を見なかった。
長岡駅には7:48着で、発時刻は8:36である。ということで長岡ではそこそこ時間があったが、駅を離れずに軽く散策するにとどめた。行こうと思えばどこか行けたような感じもあったが、ここで無理をしなくてもいいかなという判断で、駅の回東西を軽く見るなどして過ごした。
そば屋でもやってれば入ろうかと思ったが、長岡駅の朝はパン屋が開いているくらいだったので、それならまあいいかと思い適当にうろうろする。




長岡という駅は実のところ初めて降りたのだけれど、前々から気になっている場所ではあった。長岡のご当地ラーメン「生姜醤油ラーメン」を食べたかったりして何度か計画はあったが、どうも上手くかみ合わずに見送りになったりしていた。というか確か去年宿を取るところまでは一度やったのに別件で行けなくなったのは長岡絡みの旅程だったな。
いつかちゃんと見て回りたいと思っている、そういう場所だ。
余った時間は適当にトイレに行ったりコンビニに行ったりして時間をつぶし、頃合いを見て在来線の改札に入った。
<長岡駅 8:36発 信越本線 特急しらゆき 1号・新潟行き ⇒ 新津駅 9:13着>
入線後1分だけ停車するようなので写真を撮りつつ特急しらゆきに乗車した。


チケットホルダー付きの列車ということなので、切符を一応差しておく。
北海道の鉄道に乗ると結構チケットホルダーって当たり前のようについているのだけれど、本州だと珍しい気がする。他であんまり見たことがないけれど、実際どうなんだろう。調べたことがないのでよくわからない。
今どき指定席は車内改札がないので(違う座席に座っていない限りは特に聞かれないと思う)見える位置に置いておかなくても良いとは思うが、なんとなく目の前にホルダーがあると入れたくなる。今のところ取り忘れたことはないけれど、必ず注意喚起の放送が流れるあたり、結構忘れる人が出るんだろうな、と思う。
降車駅の新津までは40分弱。
朝食を6時半からグランクラス内で開催してしまったが、この後普通に昼まで長いので追加で朝食を摂った。

途中うとうとしていたというのはあるが、停車駅も多く「三条あたりは駅名がよくわからないな」などと気になるたびに地図を眺めながらの40分は結構あっという間だった。
9:13に新津駅へ到着。

新津駅は乗ってきた信越本線の途中駅であり、羽越本線(秋田方面に伸びる路線)と磐越西線(会津若松方面へ伸びる路線)との乗換駅である。私もこの後の行程としては、磐越西線へ向かう予定になっていた。
新津駅の磐越西線の時刻表を見ると、
--
09:33 普通 会津若松行き
10:03 SLばんえつ物語号
--
ということで30分先に普通列車が出発するように記載されている。
私が乗るのはその普通列車の方なのだが、SLとは発車番線が分けられており、跨線橋を渡った反対側のホームまで移動することになった。
何でだろうと思っているうちに、汽笛の音がして、SLが普通列車に先んじてホームに入ってきた。
なんてことはない。観光列車であるSLは30分早く発車する普通列車よりも先に入線し、写真撮影などをしやすいようになっているわけだ。普通列車は別にそういう配慮は要らないわけで、ぼんやりと列に並んで折り返しの入線を待つばかりである。

やっぱりSLは人気なんだなと眺めているうちに、乗車予定の列車がやってきたので乗り込んだ。
<新津駅 9:33発 磐越西線・会津若松行き ⇒ 津川駅 10:36着>


後続がSLということもあり、特にこちらの普通列車は混雑していなかったので快適に過ごすことができた。向かい側に誰も座ってこない場合のボックス席というのはいいものだ。

列車は新津を出てしばらくは平地を走っていたが、ほどなくして阿賀野川と合流し、山の中へ入っていく。
進行方向の左側がずっと阿賀野川だったので、それを眺めながら時間が過ぎていった。
道中ではカメラを構えて次のSLを待っていると思しき人の姿が多くあったのが印象的だった。週末だけとはいえ結構定期的に走っているSLだけれど、かなり人気があることがうかがえる。線路のすぐ近くなどだけではなく、橋梁走行中などは遠くの畑のあぜ道あたりから大きな望遠レンズで撮影している人もいたのが面白かった。
10:36に津川駅に到着して、私はホームに降り立った。
本当はワンマン列車なので先頭車両から降りなくてはいけなかったのだけれど、うっかりしていて後ろからホームに降り立ってしまうというミスを犯したが、ちょうど津川から車掌が乗車するというタイミングだったので特にとがめられることもなかった。ホーム経由で先頭車両に切符を店に行くというややイレギュラーな格好になったが、それ以上のことはなかった。


<津川 散策>
行程表に立ち寄り地として「琴平清水」というスポットが指定されていたので、歩いて探しに行くことにした。
気温もさほど高くなく(25℃くらいだったと思う)ちょうどいい。天気もやや曇りがちではあるが雨が降っていないので良かった。前日の夜に大雨に遭遇し、道中関東を抜けるまでは雨が降っているところもあったりしていたので心配しているところもあったが、ここから先特に天気にやられるといったことはなかった。
これから向かう「琴平清水」というのは。綺麗な湧水を利用できるように整備したスポットだが、GoogleMapで検索しても引っかからないなかなかマニアックなスポットらしい。
※新潟観光ナビというサイトで紹介されている。
そのため、行程表には行き方のガイド資料が付けられていた。

列車の中でなんとなく読み込んでおいたので、とりあえず駅を出て阿賀野川を渡る橋の方に向かう。車道側の道幅のわりに歩行者用の通路が広めにとられているという作りの橋だった。


「Kirin Bridge」なのに「Aganogawa Riv」なんだなと
街の中心は橋を渡った対岸の方にあるという構造になっているため、駅の回りにはちょっとした商店などがあるのみだ。津川が所属する阿賀町の町役場含めた中心部は対岸側に配置されている。
山間部では結構ありがちな街の作りだと思うが、駅までの距離が集落から離れることになるので、鉄道利用としてはやや不便な気もする。それでも自動車などが発達するまでは鉄道駅ができるというのはかなり画期的だった様子だ。
この津川という地域は、江戸時代~明治時代までは水運で栄えていた。会津藩の西の玄関口として、内陸の会津からは陸路で荷物を運び、津川からは阿賀野川を使って船で荷物を運ぶという中継地点として栄えていたのだ。立ち寄り地である「琴平清水」も水上安全と湊町の繁栄を願って作られたものであるという。
10分ほど歩くと、行程表に乗っている琴平清水への分岐点にたどり着いた。
道の右側に案内があるというがイマイチ見つからない……と思っていたら、民家の入り口のような草に埋もれるような形で案内板があった。


これはさすがに説明がなければ見逃していたと思う。入り口があまりに民家の軒先風だったので、案内がなければまあ入ることはなかっただろう。
たぶん私道なんじゃないかと思われる道を入っていくと、あった、「琴平清水」だ。


蓋が閉まっているとかなり分かりにくいが、手前の管理用の棚と奥の小さな社でまあたぶんこれだろう、とあたりをつけることはできる。清水の説明書きは少し離れた場所にあるため、ここには特に何も書かれていないので本当に大丈夫なんだろうかと思いつつも、木製の蓋をそっと外すとちゃんと清水が現れたので安心した。
行程表には第2チェックポイントとして「琴平清水の水を写真に撮りツイート」とあったので、それに従ってつぶやいた。
「琴平清水」という湧水へ
— bays_son (@_beyson_) September 23, 2023
蓋を開けたらちゃんと綺麗な水が流れていた
#行程シャッフルフェスティバル pic.twitter.com/1jE26evc9s
木製の蓋で覆われているおかげか、昨日まで雨だったと思われるのにちゃんときれいな水が溜まっていた。明示的に記載があるわけではないが、コップなどが周りに置かれているのを見るに、飲用しても問題ないようだ。行程表の添付資料にもその旨の記載がある。
かなり年季は入っているようだが、清潔に使われている様子だったので、私はこの水をすくって一口飲んだ。ちょうど喉が渇いていたので美味しかった。こういう地域で利用されているんだろうな、という水については結構好きだ。飲用水にしてもそうだし、あとは普通に用水路とかでもそう。自然用水を引いてきて生活に使う光景というのはどことなく風情があるように思える。夏には用水で野菜を冷やして食べたりなんかして、そういうものが私の生活には足りていない。圧倒的に。
こじんまりとしてはいるが、結構いいスポットだった。
水槽の隣の小さな社に軽く手を合わせてから、私はこの場を離れた。
行程としてはそのまま駅に戻っても良かったのだけれど、時間に余裕があったのでもう一か所寄り道をする。
津川河港の跡地である。


津川という街は会津藩の西の玄関口であり、水運で栄えた宿場町だ。会津若松からここまで陸路(越後街道(会津街道))で荷物を運び、ここからは荷物を船に乗せ換えて阿賀野川を下っていく。行先は新潟である。江戸時代、新潟の港は敦賀や秋田、松前との交易(いわゆる「北前船」によるもの)の中継地点となっており、日本海側の重要な港だったのだ。江戸時代から明治時代に至るまでの間、この阿賀野川を使った水運は主要な拠点として津川の河港が使われていた。
この写真の場所は、明治時代になって水量の増減にも耐えられるような新しい港が必要だとして設けられた「新河戸」である。既に道路の整備は始まりつつある時代だが、一度に大量の物資をやり取りするには船の方が都合が良かったということのようだ。
大正初期までは港として活用されていたが、大正6年、磐越西線の全線開業をきっかけに衰退し、最終的には下流にダムができたことによって完全にその役目を終えることになった。
水運の安全祈願にも使われた清水を見学し、水運拠点の跡地を経由しつつ、その水運衰退にとどめを刺すことになった鉄道に乗りに行く。若干複雑な気持ちではあったが、この後は行程としてかなり楽しみなものが控えたのでそそくさと駅の方に戻っていった。

再び戻ってきた津川駅には人が集まっていた。
それもそのはず、この後入線するのは「SLばんえつ物語号」だからである。
今回なんと、行程にもしっかりと組み込まれており、私も乗車することができるのだ。小さいころ、たぶん6歳くらいの時に喜多方から会津若松という短い区間(逆方向だったかもしれない)に乗ったことがあるのでそれ以来のこととなる。それ以来SLにも乗っていないわけで、こんな機会が思いがけず舞い込んできて嬉しくないわけがないというものだ。
SLが津川駅を出発するのは11:28なのだけれど、11:13に入線するというのは事前の情報でわかっていた。津川駅には給水設備があるので、長めに停車をすることになっているのだ。
ホームに降りてから2,3分すると、遠くから汽笛の音がした。
#行程シャッフルフェスティバル pic.twitter.com/6gvFn10xzk
— bays_son (@_beyson_) September 23, 2023
SLばんえつ物語号の入線だ。
もうもうと煙を吐き出し汽笛を鳴らしながらホームに入ってくる様子は圧巻である。全国でもSLに乗車できる箇所はかなり限られているが、今回こうやって乗車する機会を設けてくれた行程作成者には感謝しかない。
最後尾側で入線の様子を撮影した後はやはり先頭が見たいということで、SLのSLたる部分を見学しに先頭車両側へ向かう。

先頭ではSLとの記念撮影ができるように列形成を行っており、SLと一緒に写真を撮ってもらい人はそこに並び、SLだけ撮りたい人は適当に後ろに回って撮影をするというような形式になっていた。とても良いことだと思う。
というのも、昔、私が会津若松の駅でSLと一緒に写真を撮っていた際に、撮り鉄から罵声を浴びるという事件があったからである。当時たぶん6歳くらいだった私が父に促されてSLの隣に立った瞬間に怒号。ちゃんと覚えていないが、20年以上経過した今でも父が思い出すと怒るので、よっぽどだったらしい。私は正直その一瞬のことをうっすらとしか覚えてはいないが、そういうこともあるだろうし列形成して写真を公式に取りやすくしてくれるのはありがたいことである、と思う。

まあそんな昔の話はさておき、この駅での見どころである給水作業を見学する。

SLの給水というと、給水塔のような高いところからポンプをつないで……というのを想像していたのだが、津川駅にはそういった施設が本線ホームの方には見当たらない。ではどうするのかと言えば、ホーム上にある貯水槽のようなところにポンプをつないで、あとはボタンを操作して給水というやり方を取っていた。それなりに近代的な手法である。それはそれで面白い。
ひとしきり外からの写真を撮り終えたので、いよいよ乗り込むことにした。
<津川駅 11:28発 磐越西線・SLばんえつ物語 会津若松行き ⇒ 会津若松駅 13:36着>
指定席なので、まず自分の座席を探しに行く。

私の座席は3号車の1番ということで、ボックス席の一角だった。昔乗った時も確かこんな感じの座席だった気がする。もしかしたら、座席は特に20年以上前の当時と変わっていないかもしれない。
荷物を置いた後、車内の売店があるので一度そちらに向かい、買い物をしてから席に落ち着いた。


コーヒーは普通に飲みたかったからというだけの理由だが、ポストカードを購入したのには別の理由がある。それは、次のチェックポイントの指示が「乗車中に4号車のポストで手紙を出す&様子をツイート」という内容であるためだ。

このポストに投函すると、当日の日付での消印が押され、新津からちゃんと通常の郵便と同じように発送されるようになっている。行程作成者はここから他のメンバー3人に手紙を出すように、と手紙とペン、それに切手まで用意してあった。
なかなかユニークな指令である。
売店にポストカードが売られていたのでそちらを使ったが、切手は封入のものをありがたく使わせてもらった。


ちなみにこの作業があるため、行程表の一番最後の資料に「あらかじめ前日の夜に他の3人の住所を聞いておくのを忘れないように」という記載があったが、たまたま私の場合全員の住所がだいたい分かったので特に改めて聞くこともなく済んだ。郵便番号を住所から逆引きしたり、部屋の番号がわからなくて写真を探ったりとやや危ない場面もあったが、まあわからなければ最悪LINEでもしようと思っていたくらいなので特に焦ったりはしなかった。
他の人がこの行程を引いていたらたぶん私の住所を聞かれていたんだろうな。今どき仲間内で住所まで知っているということは少ないと思う。年賀状を出すような間柄でも、手元になければすぐにわからないだろうし。私が3人の住所を知っていたのは本当に偶然である。
はがきには乗車記念スタンプを押して送ろう、とも書いてあったので素直に従ってスタンプを押しに一度4号車に向かう。スタンプを押す機械は穴あきパンチのような構造をしているものだったので、どのあたりにスタンプが押されるかを見るために一度その辺に用意のあった折り紙に試し押しをしてからそれぞれのはがきにスタンプを押した。

スタンプまではそれなりに順調だったが、さあはがきに文字を書こう、となると実はこれに一番こずった。そもそも手書きで文字を書く機会が少ないうえで、揺れる走行中の車内だと綺麗に文字が書けない(元々綺麗ではないが)。
また、SLはトンネルに入ると窓を開けていなくても車内が煤だらけになるので、トンネルの間ははがきを伏せるなどして対策をする必要がある。なので、書き上げるのにはそれなりの時間を要することになった。

まあもっとも、時間は十分にあったので、適当に外を眺めたり、コーヒーを飲んだりしながらゆったりと書き上げた。そういう時間を列車内で過ごすというのもまたいいものである。
SL全盛期に乗っていた人も、こうやって車内で手紙を書いたりしたんだろうか。机じゃなくて、膝とか荷物とかの上で書いたんだろうか。
書き上げたら、あとは投函だ。前述のとおり車内にポストがあるので、そこまで出向いてポストに投函しに行く。
4号車にてポストに投函する写真を撮った。

車内で手紙を出せるようにポストがあるので、したためました
— bays_son (@_beyson_) September 23, 2023
#行程シャッフルフェスティバル pic.twitter.com/rqijLFi5De
ポストカードの写真は3枚とも違うデザインになっているので、それぞれ別のものが届いたとの報告を、帰ってきてから数日後に貰った。
ちゃんと届くんだな。まあ、そっか、ちゃんとあれ、ポストだもんな。
その後はだいたい自席で車窓を眺めつつ過ごしていたが、途中の山都駅で10分ほど停車するというタイミングでまた写真など撮りに下車をした。

山都はそばで有名な街だそうで、車内でもその旨を知らせる紹介アナウンスが流れた。標高が高く稲作には適さないことから昔からそばが作られており、それが名物となったそうだ。
おいしそうな宣伝がアナウンスされるが、ホームで食べられるわけではないので途中下車する人だけがありつくことができる。ちょうど昼時だったのでお腹が空いてきたが、降車駅ではないので我慢する他なかった。
山都に限らず、道中下車しないといけないようなスポットの宣伝などがしきりになされるので、その度気になりはするものの行くことができないというなんともじれったい気持ちにさせられた。今度機会を設けて行ってみたい場所が増えてしまったじゃないか。そういう戦略なんだろう。
山都を出ると会津若松に向けて最後の山越えだ。トンネルに入ると車内は相変わらず煤っぽくはなるものの、私がすっかりその環境に慣れたからか、あまり気にならなくなっていた。
13:08に列車は喜多方駅に入る。私は自席から荷物を持って立ち上がった。
実は今まで座っていた座席は喜多方駅までの指定であり、この後は別の車両の座席が用意されているので、移動の必要があるのだ。喜多方駅では2分しか停車しないのでホームには降りず、車内を移動する。
最後尾車両が目的の座席……グリーン車だった。


1人用の座席と2人用の座席があり、私の座席は1人用の方だった。ボックスの指定席も悪いわけではなかったが、こういった座席はやっぱり快適である。一応リクライニングの機能が付いており、なんというかこう、同じ車内なのに少し時代が進んだかのような感じがしてしまう。
最後部は、展望用のスペースが設けられており、動画を取っている人もいる。
行程表に「展望席からの眺めをツイート」するように指令があったので、実施した。第4チェックポイントということになる。
グリーン車に移動
— bays_son (@_beyson_) September 23, 2023
展望席もあって強い
#行程シャッフルフェスティバル pic.twitter.com/ASslYmjK61
喜多方から会津若松までは25分ほどの道のりだったが、最後、グリーン車に乗ることができて良かった。ボックス席と両方味わえてかなり乗り得だったと思う。グランクラスの時点でそうだが、今回の行程は乗車時間のエンターテインメント性がかなり充実している行程だ。
かくして、列車は終点・会津若松へと到着した。
津川から乗車して2時間ちょっとという時間だったが、見どころが盛りだくさんで楽しかった。


丁度ばんえつ物語号と入れ替わりのような形で、会津鉄道の「お座トロ展望列車」というお座敷(要するに掘りごたつ)とトロッコ(窓のない開放的な作りなやつ)を併設した観光列車が出発していくところだったのでそれを眺めたりもした。13:34発の列車なので、13:36初のSLからは乗り継げない列車だが、微妙に出発が遅れていたのかちょうど見られたようである。
会津若松はSLやお座トロのほかにも、DL(ディーゼル機関車)で走る「大樹」という列車や只見線の観光列車である「風っこ只見線満喫号」という列車も乗り入れる駅なので、観光列車目的で足を運ぶ人も多いのではないかと思われる。
ダイヤ的に全部乗ろうと思うと1日では厳しいので、そういう使い方をする人はなかなかいないだろうな。
お座トロを見送ったあとは、改札口に向かった。
ばんえつ物語号は頭端式ホーム(行き止まりのホーム)に到着しており、先頭に向かっていくとそこが出口改札の通路という作りになっている。SLに乗っていた人は、最後、先頭でSLの写真を撮って駅を後にする……ということになるわけだ。
私も他の乗客と同じように、一番前まで行って写真を撮った。

写真を取ろうとして気が付いたのだけれど、この場所、20年以上前に写真を撮ったところと全く同じ場所なのだ。乗る前だったか乗ってきた後だったかは記憶が定かではないのだけれど、この場所でSLを背に写真を撮ってもらうためにポーズを取ったら撮り鉄から怒号が飛んできたという、まあそのちょっとした因縁の地がここである。
当時どう思ったかはあんまり覚えていないけれど、私にとってはかなりなつかしさのある場所ということで思わず同じような角度で写真を撮ってしまった。終着駅だからか写真撮影用の列整理もしていないし、撮影係の人もいなかったので、今でも過激な撮り鉄が居たりしないかと少しきょろきょろしてしまったが、幸いそういうことはなく、みんな普通に写真撮影をしていた。
<会津若松:散策>
会津若松駅と言えば、赤べこである。赤べこのあかべぇはボタンを押すと喋って歌って動くので、さっそくやっておく。
ぼく、あかべぇ
— bays_son (@_beyson_) September 23, 2023
#行程シャッフルフェスティバル pic.twitter.com/MI2shr5kEk
これこれ。
私自身、会津若松を訪れるのは6,7年ぶりくらい。ただその時駅には寄っていない気がするので、あかべぇと対面するのはかなり久しぶりだ。ただこの「あかべぇ」は年に1回くらい友人の誰かしらが訪れており、そのたびに喋って歌う様子を撮影するのが半ばお決まりになっているせいで全然珍しいとか久しぶりとか言う感覚はなかった。対面は久しぶりなはずなんだけどな。
まあでも、これを見ると凄く「会津若松に来たな」という気分になるのでいい。
まあそれはそれとして、昼食の時間である。
行程表を見た時点でお昼ご飯はソースかつ丼にしたいと思っていたので、まっすぐ駅前の「マルモ食堂」に向かう。創業120年と入り口に大きく書かれた老舗の食堂で、雰囲気としてはめちゃくちゃに「昭和」という感じ。赤い簡易テーブルに赤いパイプ椅子、メニュー表は壁掛けのものと手書きの紙が入り混じったもの。
注文はもちろん、ソースかつ丼にした。
丁度みんなお客さんが入ったばっかりだったので、提供に少し時間がかかる旨を先に伝えられる。全然問題ない。1時間出てこないとかなら考えるけれど、たぶんそこまではならいないだろうと踏んで、気長に待つことにした。
どうでもいい話だが、水を飲むためにマスクを外したら、SLの煤の影響でうっすら黒になっていて笑ってしまった。

煤だらけなのでなんか吸い込んでそうだなとは思っていたが、よく考えてみればそりゃあマスクにはしっかり色もつくだろう。使い捨てなのでまあ別に新しいものにすればいいだけで特に影響はなかったが、昔の人は煤をこの勢いで吸って健康を害したりしなかったのだろうか。特に機関車に乗り込んでいる人とか。
20分くらいで、ソースかつ丼が提供された。思ったよりは待たなかった。

途中別のお客さんが「ラーメンネギ抜きって言ったのに入ってるんですけど」みたいなやり取りをしていたり、これまた別の席の子供が料理を待ちきれなくてぐずぐず文句を言いだしたりとやや(大丈夫か……?)となる場面はあったが、普通にソースかつ丼は提供されて、そして普通に美味しかった。揚げたてだし、やっぱり美味しい。
食べながら私はこの後の行程について考えるなどした。
この後の行程については、行程表としては2パターンの選択制になっていた。
14:55の会津鉄道で「塔のへつり」まで移動して観光をするパターンと、16:24の列車まで会津若松を離れないという2パターンを選択するようになっていた。この日の会津若松は「会津まつり 2023」という祭りが開催されており、大名行列も出るということでかなりの人出が予想されていたので、それを見に行くかあるいは喧騒を避けて別の場所へ行くか、という選択である。
私はそういうお祭りは好きだし、「出会った日こそがChance Day」ということでチャンスを逃さず、会津若松で16:24まで祭りの雰囲気を味わいながら散策して回ることにした。祭りだ、祭りだ。
時間的にはかなり余裕があるので、徒歩で祭りに伴って出ている大名行列を追いかけてみることにする。
公式サイトに載っているルートと通過時間から考えると、会津若松の駅前からはもういなくなって久しいという状態だった。けれども行列は少し本道を逸れて七日町の方を経由しつつ鶴ヶ城に向かうルートを取るということで、私が適当に鶴ヶ城に向かって歩いていけばいずれ大名行列とかち当たるだろうという予測が立っていたので、食後は鶴ヶ城に向けて大通りを歩いて進むことにした。
会津若松の駅前は行列の通り過ぎた後ということであまり人は多くなかったが、鶴ヶ城に向かって歩いていくとだんだん人出が増えてくる。
アーケードに差し掛かると、屋台が立ち並んでいていかにも祭り、という雰囲気になっていた。


まあただこの辺りはもう大名行列などの催し物が通り過ぎた後なので、車道の規制は解除されていっていた。直前まで規制されていたものが順々に解除されていくのを、私があとから追いかけていくような形で進んでいく。それはそれで面白い
道を封鎖していた看板などをどけて、パトカーが先導して道路を開通させていく様子というのは案外非日常感があるものだ。信号機などは警察が操作して制御できわけだが、実際にそれをしているところに遭遇することはめったにない。だいたい祭りか、それか要人を通したりするときくらいだろう。
祭りそのものではないが、これはこれで面白かった。
大名行列を見に行く途中ではあったが、「蒲生氏郷の墓所」の看板があったので、道を逸れて見学しに行く。


蒲生氏郷は織田信長や豊臣秀吉に仕えた武将で、現在の会津若松の基礎を築いた人物として知られる。これから向かおうとしている鶴ヶ城を築いたのも、元々「黒川」という地名だったのを「若松」に改めたのも蒲生氏郷だ。
「信長の野望」をプレイしていると蒲生氏郷はなんとなく西の方の武将であるイメージがある。1590年に会津に入封してくるまでは近江や伊勢あたりを領有しているせいで大抵そのあたりで名前をよく見かけるからだ。94年に上洛し翌年亡くなっているので会津にはだいたい4年くらいしかいなかったわけなので決してイメージ先行というわけではないのだが、それだけの期間に築城・城下町整備・街の改称など行ったおかげで、会津藩ひいては現在の会津若松の基礎を築いた人物として知られることになる。
寄り道をしつつアーケードを抜けさらに鶴ヶ城の方へ向かうと、城の手前の交差点で人だかりにぶつかった。
七日町方面を経由してきた大名行列に追いついたのだ。


祭りに追いついた
— bays_son (@_beyson_) September 23, 2023
#行程シャッフルフェスティバル pic.twitter.com/u3S0rhB6Ox
この大名行列は正式には「会津藩公行列」というもので、歴代の領主を中心に構成された行列ということである。誰にでもわかるように隊の名前や人物名などの「のぼり」が掲げられて行進していくが、領主など著名な人物には直接名札が付けられていたりしてさらにわかりやすかった。

私が行った時には既に幕末近辺であったようで、最後の会津藩主である松平容保公の名札を付けた人が馬上で手を振って沿道の観客の歓声に応えるなどしていた。また、幕末の会津藩と言えば有名な「白虎隊」なども、史実に寄せるような形で衣装や道具をそろえ、かつ中高生くらいの若者中心で構成されており、かなり力の入った様相を呈していて見ごたえがあった。白虎隊だけでなく、ちゃんと青龍隊になれば年齢層が成人男性中心に変わり、最後の方にやってきた玄武隊はこれまたちゃんと史実通り50歳代(のように見られる)人たちで構成されていて、全般的になかなかこだわって編成されているのがよくわかった。
クオリティもなかなかのものだったが、面白かったのは沿道からの歓声である。拍手で迎えたり「頑張って!」とかそういう声が飛んだりしていたので、地域の運動会に通じるところがあるな、と思ったりした。まあ実際城から会津若松の駅や七日町を経由して戻ってくるコースだと歩くだけでかなりの距離であるから普通に大変ではあったと思う。猛暑日はもう終わっていたとはいえ甲冑などもあり消耗するだろうから、時々休憩したりしていたのだろうか。
私が見たのは城に戻ってくる最後のクライマックスみたいなところだったので、みんなもうあと少しだぞ、という感じで拍手でお出迎えしていたのかもしれない。
青竜隊が途中気合を入れる掛け声などをしている場面があったりはしたが、それ以外は比較的和やかに穏やかに進んでいく行列だった。
私は行列の一番後ろあたりと同じくらいの場所で適当に歩いて鶴ヶ城の入り口まで来たのだけれど、特に規制なども何もないのでそのまま玄武隊の後ろを付いていくような形で入城した。
祭りの一員みたいな顔して歩いてる pic.twitter.com/fpnHmKVuQY
— bays_son (@_beyson_) September 23, 2023


正式には若松城という名称になるようだが、地元などの呼称は鶴ヶ城ということで概ね固定されている。
明治初期に一度天守などの建物は壊されてしまったが、戦後復元されたのが今の鶴ヶ城の姿だ。濠を使ってボートレース場を作る計画があったとか、お金がなかったので本丸跡地に競輪場があったとかいう謎のエピソードがちらほら混ざっているが、そういう時代を経て再建された天守閣は今では博物館となっている。
たぶんだけれども、昔一度中には入ったことがあると思う。ちゃんと覚えてはいないが、城には来たような、来ていないような。
時間的には余裕があったが、祭りのタイミングでさすがに混雑していたのもあって、今回は中には入らなかった。城本体に入るよりも、祭りの雰囲気を楽しむのを優先した格好である。歩いて会津若松の駅まで戻ろうと思っていたので、ここで変に時間を気にして動くよりは、ゆっくり時間を掛けながら街を歩くほうがいいかなという判断だ。
まあでもあれだ、こういうのは「次に来る理由になる」ので、それはそれでいいだろう。ちょっとマイナーなスポットだとそれだけのために来るの可能性は低いが、鶴ヶ城レベルの大きなスポットであれば、これを目当てにまた来ることができるだろうと、そう思っている。また時間をかけて見る機会を作ろうと思いながら、私は鶴ヶ城を後にした。
城の敷地を出た時点で、15:30になっていた。会津若松駅16:24発の列車に乗ればいいのでだいぶ余裕がある。駅としては西若松あるいは七日町という駅が近くにあるのでそこから乗車しても良かったのだけれど、「お土産を買いたい」「普通列車なので座れなくなったら困る」という理由もあって、会津若松駅まで戻ることにした。
バスやタクシーを使う選択肢があったが、時間があるので歩いて駅まで戻った。
駅に戻ってお土産の方に行こうと思っていたら、奥の方から何やら見知った顔が歩いてくるのを見つけてしまう。
そう、この「行程シャッフルフェスティバル」の別の参加者が同じ時間に会津若松の駅にいたのだ。第一回開催ではまるきり遠くに飛ばされていたのでそれぞれのメンバーが途中で出会うことはなかったが、今回なんと別ルートから来てそれぞれ会津若松駅で鉢合わせるという行程になっていたのだ。
お互いの行程は公開していないので、本当に偶然のことだった。「#行程シャッフルフェスティバル」のタグで他メンバーの行動はある程度追えるのでニアミスしそうだなとは思っていたが、ニアミスどころかしっかりと鉢合わせた。
改札前くらいの場所でいきなり鞄を叩いたので、相手はものすごくびっくりしていた。
駅前の赤べこのあかべぇで遭遇記念撮影をした後、それぞれどうも別の列車に乗り込むということで別れた。10分少々の邂逅だった。朝4:20に出発するときに会話をして以来10時間弱ぶりに会い、そして再び別れるという何とも不思議な光景である。一緒に集まってるのに一緒に旅行はしていない、まあそういう企画ならではだろう。
この後最終目的地で会うことになるわけだが、それはまた7時間も後のことになる。
お土産を買うなどして少し時間を使った後、改札に入る。

跨線橋から見る景色が思いのほか綺麗だったので写真を撮ったが、今見返しても結構いい景色だな、と思う。ここまで結構曇りがちだったのだけれど、会津若松を離れる最後の段階が一番晴れていた。
10分ほど時間的にはまだ余裕があったが、乗車予定の列車はすでにホームに到着していた。

<会津若松駅 16:24発 会津鉄道会津線・会津田島行き ⇒ 会津田島駅 17:35着>
車両は一両編成のローカルな気動車だった。行楽シーズンということもあって、出発間際には座席がすべて埋まる程度には混雑していたので、早めに乗り込んでおいて正解だった。
私の座ったボックス席にはテーブルのようなものが付いていたが、4人掛けの席に3人座っているような状態であり、特にこれを広げて何かをしたりはしなかった。座席の間隔としては通常のボックス席とさほど変わらないので、私は鞄を抱えながら窓際の席で小さくなって過ごした。

列車は定刻通り、会津若松を出発した。
また来よう、会津若松。楽しかった。

さて、ここから先は私鉄列車の旅である。
会津若松から2駅ほど行くと西若松という駅があるが、先ほどまでいた鶴ヶ城から西に1kmの地点にある駅で、ここがJR只見線と会津鉄道会津線の分岐駅だ。すべての列車は会津若松から直通しているので乗り換えの必要はないが、乗車券的にはここが一つの区切りということになる。

西若松から先は会津鉄道の会津線。福島県のど真ん中を南北に貫いている路線で、私はひたすらこの路線で南下することになる。
私は会津若松でたくさん歩いたのもあって、乗車してすぐに寝落ちした。会津田島までの間、ほとんど起きていた記憶がない。それなりに見どころのある路線なので起きていた方が良いのはわかっていたが、眠気には抗えなかった。
これは私なりのルールというか心がけなのだけれど、初めて乗る路線であればそこそこ頑張って起きている努力をする場合が多い。何が何でも景色を眺めていなければいけないとかそういう厳しい縛りではないが、一応、初めて通るところは見ておきたいなと思うわけだ。
会津鉄道会津線に関しては過去乗車の経験があるので、まあいいか、ということであっさりと抵抗もせず寝落ちした。
ただまあ、途中の塔のへつり駅あたりは見ておきたかったな、と思う。塔のへつり駅からは国指定天然記念物である「塔のへつり」本体は見ることができないが、駅のたたずまいが結構独特で好きなのだ。
列車の中から見ても、塔のへつり側から歩いてきても、「森の中を進んでいくといきなり現れる」という感じがあって結構面白い。通ったらちょっと見ておきたかった。
首元に寝汗をかくくらい爆睡して、気が付いたら会津田島駅に到着した。

乗り換えに10分強時間があったので、駅の外に出る。
猛暑は過ぎていたとはいえ昼間は27,8℃くらいあったが、日が暮れてきたのと、会津田島が結構高地にあるということもありだいぶ肌寒くなっていた。調べると22℃くらいしかなかったので、半袖だと涼しいよりも寒いというのが近くなっていた。前日に雨が降ったりして、急に秋めいてきたタイミングというのもあるだろう。
まあ、暑いよりはずっと快適だと思う。
駅の脇に蒸気機関車が展示されていたので、見に行く。


先ほどばんえつ物語号で見たものよりはかなり小型のタイプだ。
ばんえつ物語号で使われているようなサイズのものは優等列車として、会津田島で保存・展示されているような小型タイプはローカル線の普通列車として活用されていたらしい。
また、蒸気機関車は全然詳しくないので知らなかったが、あとから調べたら、新橋駅前のSL広場に展示されているのと同型ということになるようだ。小さくて取り回しが良くてそれなりにスピードも出たので重宝していたらしい。
駅に戻ると乗車予定の列車の改札が始まっていた。列に並んで私もホームへと向かう。
<会津田島駅 17:48発 会津鉄道会津線 リバティ会津152号・浅草行き ⇒ 鬼怒川温泉駅 18:53着>

先ほど会津若松から乗ってきた列車が「リレー号」と付いていたのは、この列車への接続のためだ。リバティ会津に乗り継ぎができるようにダイヤが設定されている。以前は会津田島をまたいで走行する列車もたくさんあったのだけれど、今はほとんどない(AIZUマウントエクスプレスしかない)のでこのように普通列車との乗り継ぎをする形式が主流になった。
普通列車も悪くないけれど、やっぱり旅の後半はこういったリクライニングのある座席というのがありがたい。

コンセントが座席の内側についているというやや謎な構造(差し込むと普通に邪魔ではある)が、付いているだけありがたいというものだ。新幹線で充電して以降はモバイルバッテリー頼りだったので、ここで充電できるというのはかなり助かった。私のスマホがバッテリー交換したのにバッテリー性能がイマイチということと、電波の悪い区間などでスマホを使うと結構充電を消費するということもあってややピンチだったので、ちょうどいいタイミングでコンセント付き車両に乗れて良かった。
降車予定の鬼怒川温泉駅まではトンネルが多いので、スマホを充電しつつぼんやり寝たり起きたりしながら過ごした。
18:53、鬼怒川温泉駅着。あたりはすっかり暗くなっていた。


どうでもいいけど、「東武ワールドスクウェア」ってひらがなで書くとこんな感じなんだな。ものすごい違和感。
土曜日ということで昼間は観光客でにぎわったと思しき鬼怒川温泉駅だが、19時近くにもなるとさすがにほとんど人影は見られない。浅草方面の特急列車は次の1本で最後なので日帰りの人はもうほとんどいないだろうし、滞在する人もだいたいこの時間には旅館やホテルに行って夕飯を食べていたり温泉に入っているんだろうな。
次の列車を待っていると思しき人が待合室に2組くらい居たが、それ以外に目立った人影はなく、駅前はかなり静かだった。
たぶん昼間は結構人がいたんだろうな、と思うと、この誰もいない駅前というのもそれはそれで味があっていい。夜の閑散とした観光地からしか得られない良さというものがある。
昼間めちゃくちゃ観光客で賑わってたと思しき場所に誰もいないのを見るのは結構好き #行程シャッフルフェスティバル pic.twitter.com/qmnuCtUyIB
— bays_son (@_beyson_) September 23, 2023

夕食の時間はこの後特に設けられていなかったので、駅か駅前で何か軽く食べられるものを探そうと思ったのだけれど、駅中の店は既に営業を終了しており、コンビニもやや離れた場所にあるため特に何も買うことはしなかった。乗車予定の列車は19:29発ということで30分くらいは時間があったが、500mくらい先のコンビニに往復するのも……と思ってやめた。そこまでお腹が空いているわけではなかったのもあって、無理はしなかった。
さすがに日も暮れて半袖では寒いなと思いつつも、気になるものがあると寄ってしまうのが性である。
駅に戻る前に、ライトアップされた転車台を見に行った。

以前、確か8,9年くらい前に鬼怒川温泉駅に来た時にはこの転車台はここになかった気がするのだけれど、調べてみたら案の定、東武鉄道のSL復活プロジェクトにあわせて設置されたものであることが分かった。SL大樹は2017年からの運行開始であるから、ちょうど以前きたときの翌年とかに設置されたのだろう。
この転車台はJR西日本の三次駅にあったものだということだが、2016年に三次に行った時に転車台が撤去された跡を見たので、なるほどそれがここに来ていたのか、と点と点がつながったようなちょっと不思議な気持ちになるなどした。


今でもGoogleMapとかに記載が残っている
東武に譲渡されたとかいう話はその当時調べたような気もするが、案外すぐに忘れるものである。こうやって目の前にしてようやくピンと来るだけいいほうだ。でもまあ、すっかり忘れていたとしても、こうやって「あの時のあれか!」となる感覚は残っているわけだからいいんだと思う。
駅前を軽く歩き、まったくお湯の残っていない足湯などを見た後、トイレなどを済ませて改札内へと入ることにした。
乗車予定の列車は鬼怒川温泉駅が始発なので、多少早くても乗れるんじゃないかと思ったからだ。地方の駅などでは有人改札だったりしするので「改札中」以外はホームに入れなかったりするが、鬼怒川温泉駅までくればもう東武鉄道の自動改札設置駅なわけで、車両に入れなくともホームには入れる。

特に見るものはないので、改札を通ってホームへと向かった。
<鬼怒川温泉駅 19:29発 東武鬼怒川線 きぬ154号・浅草行き ⇒ 浅草駅 21:35着>

一部の座席はまだ清掃中だったが、私の乗る車両についてはもう清掃が終わっているようで、乗車してしまっても問題ないようだった。行程表と切符を見ながら、私は座席へと向かう。
乗る直前に気が付いたのだけれど、行程表には乗車する座席について「6号車1番」までしか書いていなかった。東武の特急列車って番号だけで指定されてるんだったかな、などと(リバティ会津は違ったのに)ボケたことを思ったりしていたが、件の6号車にたどり着いた後で目が覚める。

これ、個室だ。
番号までしか指定してないんじゃない、番号が割り振られた個室だ。



いやいやいや。待て待て待て。
最大4人同時に乗ることのできる個室じゃないか、これ。
グランクラスの時は切符を貰った時点で気が付いていたが、このスペーシアの個室は本当に目の前で見るまで全く気が付いておらず、6号車に到達して初めて事の重大さに気が付いたような次第だった。
今回の行程は、乗車時間に対するエンタメ性というか、乗車時間を楽しんでほしいというような意図が端々に感じられる行程だと思っていたが、まさかこの終盤で個室が登場すると思わなかった。
ファッ?!
— bays_son (@_beyson_) September 23, 2023
個室!?!?!????!!?
#行程シャッフルフェスティバル pic.twitter.com/tmZtgm8GTP


いやもうほんと、「特別」が過ぎる。
個室座席というのは言うまでもなくレア座席である。レアだし、ロマンというか。観光列車などに個室座席というのは用意されていたりするのだけれど、そういう時でも上手い事工夫しないと座れないような場合の多いような座席であることが多い。さすがにこのきぬ154号は土曜のこの時間ということもあって空いていたが、通常の旅行でこれを狙うような行程を組むのがそもそも難しいわけで、いやはやこの行程作成者のホスピタリティには脱帽である。
しかもこれ、終点の浅草まで確保されているというのがまた憎い演出である。本来、終着地点が取手であることを考えると、北千住で常磐線に乗り換えるルートが定石となるだろう。しかし、この個室を最初から最後まで味わってほしいという行程作成者の意図として、浅草までの座席が確保されているわけだ。
グランクラスにSLばんえつ物語号にスペーシアの個室。1年分の鉄道旅行を濃縮して渡されたような、そんな感じ。強い、強すぎる。
猛烈な贅沢をしているようで、実は私が作成して他の人に渡した行程とかかっている費用がさほど変わらないということもあり、そういう意味でも本当に良く練られた旅程だと言える。
まあ贅沢は贅沢なんだけどさ、それなりに。
そんな贅沢な環境を、旅の終盤ということもありゆったりと利用させてもらった。
最初の30分くらいは座ったままの状態で寝ていたと思うが、会津若松から結構そんな感じで寝たり起きたりで過ごしてきたので、いい加減寝るのもだんだん疲れてきてしまったのが結構キツかったりもした。夜行バスで0泊3日の旅をした時の帰りのバスに似てるな、なんてことを思ったりしながら適当にやり過ごしていた。
ただあれだ、夜の北千住から浅草に至るまでの景色、これは結構良かった。北千住から先は街を縫うような形で線路が敷かれているのでカーブが多く、建物の間からちらりちらりとスカイツリーがたまに顔を出すような形になるのだけれど、気が付いたらめちゃくちゃ近づいていて、そしてスカイツリーの真下に到達する。そうだよな、だって「東武スカイツリーライン」って愛称だもんな、ここ。
とうきょうスカイツリー駅を発車すると、あとはもう本当に最後の最後、浅草駅へとゆっくり進んでいく。浅草駅手前の隅田川にかかる橋をゆっくり通っていくところがこの旅行のウイニングランというか、ゴールというようなものに感じられた。
橋を渡って大きなカーブを進みながら浅草駅に入っていく。旅ももう終わりだ。


いや実に長い旅だった、などと思っていたが、全然終わりではなかった。
浅草駅21:35着ではあるが、まだまだ旅は終わらない。
何せ行程表には、
「せっかくなので浅草寺でも寄ろう」
と書かれているのだ。
何故寄らなきゃならないか?
それはまあ、次の列車の乗車駅までどうせ徒歩で移動しなければならないからだ。まあそうなんだよね、そうなんだ。だってゴールは浅草ではなくて取手だもんね、取手。取手というのは茨城県だ。うっかり浅草まで南下してきてしまったが、取手は埼玉とか千葉とかを抜けて行かないとたどり着けないわけだ。
そうだよ、分かっていた。
私は浅草駅を後にして、浅草寺方面へと向かった。

<浅草:徒歩移動>
こういう機会でもないと、夜のこんな時間に浅草をうろつくこともないだろう。だいたい昼間に来る街なんだよな、浅草って。
浅草は東京の中では何故だかわからないが夜が早い町である。
21時半ともなると多くの店は締まっている。飲み屋であっても遅くまで営業している店は結構少ないのだ。どうも老舗ほど早く閉まるらしく、昼間観光客でごった返しているようなあたりはだいたい20時くらいですっかりみんな店じまいしてしまう。

店が開いていないので観光客の姿はまばらだ。そりゃあまあ「東京の夜にしては人が少ない」というくらいのものなので歩いている人はそれなりにいるけれど、土日の昼間の盛況ぶりに比べたら全然だ。
せっかく人が少ないので、雷門をくぐって浅草寺に向かうことにする。
人が多いと下をくぐるのもままならなかったりして大変だが、夜の浅草はそういう懸念がなくていい。


店が何も開いていないというデメリットはあるが、浅草の雰囲気を味わうにはこの夜遅い時間というのも結構いいかもしれない。サクサク歩けるのでなんだか浅草じゃないみたいだ。まあなんか、芋ようかんとか、あげまんじゅうとかそういうものを買いながらの浅草とはまた全然別物という感じ。両方知っているといいってことかもしれない。
まあなんか、本殿手前の宝蔵門のところで「This is KAMINARIMON!」っていう間違った観光案内をしている人がいてそれが一番面白かったんだけどね。雷門にはちゃんと雷門って書いてある提灯が飾ってあるので……。
今真横で、
— bays_son (@_beyson_) September 23, 2023
「This is KAMINARIMON!」って言ってる人いたけど違うぞ#行程シャッフルフェスティバル pic.twitter.com/VyAFUSJE3l

進路的には五重塔方面に折れていくのが正しいが、せっかくここまで来たので本殿でお参りをしていく。

さすがにこの時間だと線香も炊かれていない。
煙を頭とか顔とかにかけるといいんだっけかな、確か。昼間なら人だかりができているんだけれど、この時間は全員スルー。まあそうだよな。
一応ちゃんとお参りもして、それから浅草寺を後にした。
門を抜けて少し先のホッピー通りだけはこの時間でも普通に飲み屋が営業していて、そこだけ人がたくさんいて賑わっていた。

ホッピー通りからドン・キホーテまでのあたりはちょっと治安的に怪しい雰囲気もあるが、まあなんか気にせず通り抜ける。
そうしてたどり着いたのは、つくばエクスプレスの浅草駅だ。

東武や地下鉄の浅草と駅名は一緒なのに、徒歩10分くらいは離れている。完全に別の駅だ。というか一番近い駅は銀座線の田原町なので、なんで「新浅草」とかじゃないんだろうと思うが、地元が強く浅草駅にして欲しいと推したことによる結果らしいので仕方がない。
昼間は人が多いので10分で乗り換えるのはちょっと厳しい気もするが、夜だとスムーズに歩けるので快適だった。
行程表的には22:20発の列車に乗るように記載があったが、早く到着したので22:05の列車に乗ることができた。
<(TX)浅草駅 22:05発 つくばエクスプレス快速・つくば行き ⇒ 守屋駅 22:32着>
始発が秋葉原なので席は空いていないかもしれないと思ったが、運よく座席に座ることができた。たまたまだけれど、この日乗った列車すべてで座席に座れている。自由席が少ないというのもあるけれど、そのあたり上手い事やれて本当に良かった。
特につくばエクスプレスはここから30分弱乗るわけで、最終盤に立っているのはちょっと辛いだろうなと思っていたので本当に助かった。
北千住でたくさん人が乗ってきたので、もし特急を北千住で降りてつくばエクスプレスに乗り換えということになっていたらまず座れなかっただろうな、と思う。南流山で結構人は降りたけれど、正直守谷まで座れないとか普通にあったと思う。
もう最後なのでスマホの充電などもあまり気にせず時間をつぶして、守谷到着を待った。
守谷には定刻通の22:32着。乗り換え先が22:36発ということでやや速足で歩いて駅を移動する。次が23:57発と20分待たされることになるのでそれは避けたかった。
4分で間に合うよな? と思いつつ、微妙にコンコースが広い駅なので気持ち的には少し焦りつつ改札を通り抜けた。

<守谷駅 22:36発 関東鉄道常総線・取手行き ⇒ 取手駅 22:54着>
乗り換えできるかちょっと焦ったりもしたが、発車1分前にホームに到着したので列車を写真に収める余裕はあった。

常総線に乗るのは初めてだったが、そういったものを感じる余裕はなく、最後の列車に間に合って良かったという気持ちの方が大きかった。
守谷から取手まで18分。取手の駅ではもう2人のメンバーが待っているという。
着時間を連携して、私は取手駅到着を待った。
そして、ついに。
<取手駅 22:54 到着>

とうとう取手駅に到着した。
行程完了、取手駅に到着!
— bays_son (@_beyson_) September 23, 2023
#行程シャッフルフェスティバル pic.twitter.com/EO4kH9MOjd
長かった。本当に長かった。

4:32に府中を出発して、22:54に取手着。
行動時間は実に18時間という、とにかく長い旅だった。長いのにずっしりと実が詰まっていて本当に濃厚な時間だった。
めちゃくちゃだ。あまりにめちゃくちゃだ。かなり疲れて、取手駅到着時にはもうヘロヘロもいいところだった。
でもものすごく楽しかった。1日をこんなに有意義に使う事なんてそうそうないよ、普通。仕事が忙しくて最近毎日12時間働いているのは本当に最悪だけれど、こういう18時間は本当に良いね、本当に。時間がどんなにあっても足りないというのは仕事なんかでは味わいたくない、旅でこそ味わいたい。
この後残りのもう1人とも合流して、夜中まで営業しているスーパー銭湯へと向かった。
一日の疲れを癒して、じゃあ寝ようか……となるわけもなく、我々は4人で部屋に入った後はひとしきり確認の行程についての感想戦を繰り広げるのであった。
<行程終了・まとめとか感想とか>
前回、8時前くらいからスタートして20時半くらいに帰って来るという行程だったが、今回は4時半から23時という行程でなかなか毛色の違う行程だった。
ハードはハードだったけれど、中身がものすごく濃くて良かった。
行程表を受け取った時は正直驚いた(その時点で午前2時とかだったので余計に)のだけれど、「自分では計画しないであろう行程」を引いたのはこの企画上では非常に良かったと思う。自分の旅行の幅が広がったというか、なんというか。
前回もバスや船をフル活用するという自分にあまりなかった発想の行程で、今回は1日をフル活用してなおかつ乗車時のエンタメ性も確保するという欲張りセットプランな行程ということで、これもまた新しい扉だったと思う。自分ではあんまりそういうプランを組まないかなと思うからこそ余計に、「旅程を押し付けられて」良かったと思う。
知らない発想で旅をする、というのは新しい発見がたくさんあって本当に面白い。
この企画のキモみたいなものだ。
もう一つ、大きな要素としては、「旅程を押し付ける」側の視点である。これも本当に面白かった。行程を実施しながら繰り広げられるつぶやきを見たり、帰ってきて感想戦をしたり。
また私の旅程については、今回実行者がブログをわざわざ立ち上げて書いてくれたのだけれど、こういうのが本当に面白いんだよな、と改めて思った。
私の旅程を押し付けられた人がどう感じながら旅をしてきたのか。
これはもう本当に面白くて面白くて仕方がない。いろいろ考えて練り上げた計画を前日に渡されてはいどうぞと放り出されて、後はもう行程表通りに動いていくことになるわけだが、それを「見ている側」になるのもなかなか他には代えがたい良さがある。
これはいいだろうと思って差し込んだ行程があんまり刺さっていなかったり、逆に適当にダイヤなどの都合で差し込んだ行程がいい感じに刺さっていたりもするので、なかなかどうして悪くない。
感想戦をするときはまず実際に行ってきた人が行程と感想を話した後、作成者がそれを受けて旅程の意図などを話すという流れで行われるが、まあこれが盛り上がらないわけがないよね、というわけだ。
SLばんえつ物語号の中ではがきを出すなどの指令はユーモアがあって面白かったとか、グランクラスを確保したりSLのグリーン車やスペーシアの個室を確保したのは凄いとか、そういう話も交えつつ、朝が始発なのは大変だったとか鬼怒川で食糧確保はできなかったとかそういう話もあったりして。いやでもそれは、とか、それは実はこういう意図が、とかそういう話をしていたら結局やっぱり午前3時くらいまでみんなでいろいろ話し込んでしまうことになったりして。
いやでもほんと、皆、一人旅についてはいろいろ核というか色というかそういうものを持っているんだな、というのを改めて感じた。
全然まだまだ分からないけれど、とにかく今回も面白かった。面白すぎた。こうやって振り返って記事を書いているだけでもいろいろ思いだして楽しかったので、他の人の感想が改めて書かれたりするのも楽しみだ。
まあ全然書くのを強制するものではないので、あったらいいな、というくらいだけれど。
計画した・された以外にもシャッフルされた行程があるわけで、その話もなかなか面白いものだ。4人で開催したら、8通りの面白さがあるとまあそういうわけだ。
今後もまた機会があればやってみたいと思っているが、次やるときにはちょっとまた趣向を変えてみてもいいんじゃないか、という話も出た。
例えば、ペア開催とか。
2人組でお互いに旅程を交換するというパターンでもまた違った行程ができていいんじゃないかという話だ。旅程を渡す相手がわかってればその人を想定した旅程が組めるし、計画時の切符確保などの難易度が下がる。今回「直前に切符を用意する(そうすると誰が計画したのかわかりにくくなる)」というところが難しかったのもあって、いっそ渡す相手は特定した状態でもいいんじゃないかなという話になった。
あとは、旅行中に話し相手ができるので2人組というのも悪くないと思う。移動などで暇な時間が生まれるので、話し相手が居たほうがいい瞬間というのは結構ありそうだというのも、今回感じる場面があったりはした。まあ寝ていたりしたらあんまり意味はないけれど、2人組には2人組なりの旅程の作り方があるわけで、これはこれで考えたら面白いだろうなというのはある。
他には、持ち回り開催案も挙がった。
例えばGWなどを使って3泊4日で開催し、1日ずつ行程作成を分担して旅を進めるというものである。泊まる場所だけあらかじめ決めておいて、今日は誰の担当、今日は誰の担当、という感じで毎日持ち回りで旅をしていく。これも結構面白そうだと思うけれど、長めの休みを使わないといけなくなるので、2回にわけるとか、日帰り開催×人数にするとか柔軟に工夫する必要がありそうだ。
あと、一番面白そうだったのは、「本当に他人に押し付けてしまう」という案である。
これはもう単純で、我々4人作った予定を、全然関係ない別の友人に押し付けてしまうというものである。参加費として1万円くらい出してもらって、代わりに予定と切符や移動の交通費などを渡して行ってきてもらうというわけである。
仕事をやめるとかして1ヶ月くらい有休消化する、なんて人がいたらぜひ連絡してきてほしい。それこそ3泊4日でどっかに遊びに行ってきて貰えるように計画をするから。
参加費を取るだろうけれど、どう考えても参加費以上の金額の切符とかを用意して渡すだろうし、お得なことは間違いない。まあなんかその代わり、わけわからないところに飛ばされたりするかもしれないけれど。ある種のミステリーツアーに近い。ただし添乗や同行などはしない一人旅だけれど。
とまあこんな感じで、きっとまたどこかで似たようなことをするんじゃないかと思う。
どんな形になるかはわからないが、あれかな、とりあえず今回の「感想の感想」は書いたりするかもしれないな。せっかく自分の行程の感想がブログ化されているわけだし。
今回は30000文字も書いてしまったのでこれくらいにしておこう。
それではまた、どこかで。
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別の人の行程:
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前回:
「第2回 旅程を他人に押し付けろ! ~行程シャッフルフェスティバル~」のお知らせ
明日は、前から予定していた旅行の日だ。1日使って旅をする。
実はどこに行くのかはまだ知らない。知らないのである。知らないままに明日、予定していた旅行に日がやってくる。
あてのない旅、というわけではない。もう、この時点ではどこに行くのかはもう決まっている。
どこに行くのかは決まっているが、そこに行くのかは知らない。
そんなことが両立するのか?
両立する。
そう、それが、
「旅程を他人に押し付けろ! ~行程シャッフルフェスティバル~」
というイベントなのだから……!
という謎の前置きはさておき、前回(2022年の5月)に実施された企画がこちら。
⇒顛末
これは、一人旅の日帰り旅行予定を作って、それを他の人に押し付ける、という旅企画である。自分が作った旅程を渡して、自分は受け取った誰かが作った計画に沿って旅行する。そういう何とも不思議な遊びだ。
この企画が、1年半の時を経て帰って来ることになった。
前回は「岡山発岡山着」という事だったが、今回、遠征はしないということで、様々な議論を重ねた結果、
ということになった。
起点が東京競馬場ということになっているが、これは様々な協議を経た結果のことである。まあ要するに府中付近、ということで、駅など絞れなかったという事でもある。地図を見てもらうと早いが、鉄道をはじめいろいろな交通手段があるので特に固定はしなかった、という事情がある。
ルールはだいたい前回と一緒だが、以下におさらいしておく。
・期間は始発から終電まで(自分のスタイルに合わせる)
・飲食代以外の旅費は原則計画者が負担する
・電車の切符等は乗車変更ができるように原則現金で行う
・徒歩は原則2km程度、それ以上はタクシー利用可(計画者に請求)
・チェックポイントを3,4箇所用意し、X(旧Twitter)で写真と共に指定文言をつぶやく(証拠写真的な扱い)
基本的に、参加者は「自分が一人旅をするなら」という想定で計画をすることが推奨されている。私もその観点で旅程を作っている。
自分の旅行スタイルを人に渡して、人の旅行スタイルを体験する、というのがこの企画のキモみたいなものだ。
ちなみに前回私が作った旅程は、
岡山→高松→高知→宇和島→松山→岡山、という四国半周の脳筋コースだった。
高知→宇和島の間の区間で観光用のトロッコに乗れるというのが目玉だったが、その列車の到着が遅れて宇和島でかなりギリギリの思いをしたというエピソードを後から聞いた。
そういうわけで、明日、どこかは分からないがどこかへ出かける予定だ。
今はまだ、自分で作った旅程しか知らないのだけれど、今夜「行程シャッフル」を実施してそこで初めて明日どこに行くのかを知ることになる。それが本当に楽しみで仕方がない。
顛末はまた、そのうちに。
三連休
三連休だ。もう忙しすぎて大変だ、という最中に現れた三連休。どうでもいいけど最中(さなか)と最中(もなか)って漢字一緒じゃん。本当にどうでもいいや。
ぼちぼちなにか書いていきたい気持ちがあるので緩やかに再開目論見中。
仕事が忙しくて休止中
です。

電子レンジの話
我が家の電子レンジはだいたい10分くらい連続稼働するとおかしくなる。温めが終わった旨を示すアラート音が鳴っているのに、レンジの稼働が止まらなくなるのだ。残り時間表示もおかしくなる。600Wで7分くらい加熱して作るパスタとかを作って、そのあと別で1,2分加熱しても同じようになるので、通算でもだいたい同じような感じになる。
これは今に始まったことではなくて、買った当初からずっとそうだ。
火を使わないので、かけっぱなしにしてその場を離れても安全なのがいいところなので、電子レンジ調理ってのは便利なもんだ。でも、あんまり使い過ぎるとおかしくなるので、ほどほどにしか活用できていない現状もある。
タイマーの設定的には別に10分だろうと設定できるわけだが、その時間実際に使い続けると加熱しすぎていしまうのかレンジが機能しなくなってしまう。恐らくだが温めが機能しなくなっているので、最後の方に入れたものが全然温まっていないなんてことも起こる。
放っておけば勝手に冷却されるのか知らないがそのうち戻っているのだけれど、30秒くらい庫内が真っ暗なのに稼働中の音がし続けるというのは壊れたのではないかとドキドキしてしまうものだ。たぶんまあそういう仕様なんだろう。だもんで、600Wで7分加熱して作るパスタ用の調理器具を使うのを上限として、それ以上は連続して稼働させないように気を使っている。
初めて見たときは若干驚いたが、今ではまあ発生条件もわかるしまたなったか、くらいの気持ちだ。
オーブン機能とかが付いている大型のレンジ(キッチンに埋め込まれているようなやつ)ならきっと大丈夫なんだろうな、とは思う。もっと長い時間加熱して、というか何なら予熱の時間があったりするわけなので、オーブンというやつはもっと頑丈にできているに違いない。レンジ単体ではまあ600Wで7分というのが限界としてなんとなく体感しておくことにしている。
コンビニに置いてある電子レンジは1500Wくらいの高出力のものだったりして、あれはあれで使うとちょっとビビるのだけれど、業務用ということもあってか別に同じようなトラブルは経験したことがない。コンビニの商品って結構温め時間が長く設定されているものもあるので、そういうのに強いレンジが起用されているんだろう。そもそも1500Wって凄いよな、と思う。倍以上だし。
電子レンジのワット数というのはコンロで言う火力の違いの相当する、なんてことが書いてあったりするが、実際のところはどうなんだろう。ざっくり調べても、大したサイトがヒットしなくてあんまり納得できる説明が見つけられていない。600Wがコンロで言うところの強火なら、1500Wとかそういうのって滅茶苦茶な大火力ってことなの? みたいな疑問が浮かんでくるが、メーカーとかの解説サイトがヒットしないのでどうも上手く答えが見つけられない。まあ別にそんなこと気にするなってことなのかもしれないので、逆にワット数を調節して上手く電子レンジをフル活用するようなサイトでも見とけってことなのかな。
しかしまあ電子レンジというのは生活の中でなくてはならない存在である。ほぼ毎日使っていることを考えると、調理器具としての括りでもナンバーワンの依存度だろう。平日の朝ごはんに冷凍の焼きおにぎりを温めるとかそういうこまごました用事から、それこそ7分くらいずっとレンジにかけて料理をするみたいなことまで非常に幅広い。
結構雑な感じで扱いがちだけれど、壊れたら結構困る、それが電子レンジというやつだ。
今日から開閉するときに少し優しくするのを心がけようかな、なんて思ったり。でも開閉する時ってちょっとだけ力が要るもんで、勢いが付いちゃうんだよな。そういうもんなんだよ、そういうもん。壊れる勢いで扱っているつもりはないけれど、優しくもしていない、そんな感じ。
PCのバッテリーがおかしいのでそろそろ買い替えようと思っている
家で使っているノートPCがダメになりそうだ。バッテリーがダメになっていそうで、膨らんできてしまっている。これは非常に良くないことだ。元々2年位前から膨らみつつあるような気はしていて、実際ディスプレイを畳んだ時にすきまができているのを見て、これは変形しているなとは思っていたが、ここ数日、それがどうも顕著になっているように見受けられる。この暑い中で日中家をあけていると部屋が猛烈に暑くなるからそれでなにか膨張を促進しているのかと思えなくもないけれど、まあそれ以前にバッテリーにガタが来ているというのはあるだろう。
今のPCを買ったのが確か4年前の夏だったと思う。過去にそれで記事を書いた気がするな、と思ったら本当にあった。
2019年の7月か。じゃあ感覚はあっていた。4年前に買ったPCがおかしくなった、ということだ。
前にPCを買い替えた時は、性能が追い付かなくなったというのが主な理由だった。7,8年同じPCを使っていて、しかも型落ちを譲ってもらったこともあり10年くらいずっと使い続けていたPCで、2019年当時ですらメモリ4GBはさすがにどうだろうというという感じだったのに、使っていた機種名で調べるとメモリ2GBとかいうなかなか衝撃的な数字が出てくる。実際どうだっただろうか。メモリ2GBのPCでminecraftなんかやっていたのか? 全然覚えていない。実際は4GBくらいあったんじゃないか? どうなんだろう。
まあでもそれはさすがに4GBだろうとなんだろうと厳しいし、HDDが壊れかけたりして復旧したりといろいろだましだまし使ってきたPCをようやく買い替えるということになって選ばれたのが今使っているPCだ。
予算が10万くらいしかなかったので、メモリ8GB欲しいのと、SSD200GBちょいとHDD1TBの組み合わせ……というのをまず優先して、結果選んだのはHPのENVYというシリーズのものである。日本のメーカーで同じくらいのものを買おうとするとだいたい1.5倍から2倍のお値段がかかるため、価格の方を優先してHPに決めた。
HPのPCはショートカットの初期設定にやたらとFnキーを噛ませてくるとかなんだか微妙な仕様はあるものの、職場でその時使っていたPCもHPのものだったので馴染みと言えば馴染みだったのでそれで文句はなかった。
あれから4年経って、性能的には全然問題ないしまだまだいけるだろうと思っていた矢先のバッテリー膨張の気配である。急を要するほどではないとは思っているが、PCというのは物理的に破壊されてしまってから何か対策をするのでは遅いということは良くわかっている。先々代のPCは起動しなくなって仮想デスクトップのソフトみたいなやつを入れて無理やり最低限欲しいだけのデータを吸い出したりしたが、ああいうのはもうあんまりやりたくはない。
思えばコロナで自宅にいる時間が長くなって以降、自宅PCを触る時間というのは確実に長くなった。起動しっぱなしで放置するとか、そういうシチュエーションもざらだし、高負荷のかかるPCゲームもよくやっている。そりゃあまあバッテリーにがたが来てもそうおかしくはない状況だ。
確かに電源を抜いた状態だと残りバッテリー残量表示が全く当てにならないようなところはあって、40%くらいあるしまだいいかと思っていたらそれを確認して約5踏んで急にPCがバッテリー切れで落ちたりした。典型的な末期症状である。持ち歩かないのですぐにどうこうということはないが、バッテリーが膨らんできている現状では良くない状況だと言わざるを得ない。
まあということは今まさに(財布事情を除けば)PCの買い時ということかもしれない。お金はない。ボーナス時期は4月と10月なので、10月まで待った方がいいのかもしれないが、そこまで放置している間に何かあったら困る。じゃあまあどうせ支払いはクレカなんだし、先に払っておいてボーナスで補填するというか、口座残高を平らにするというか、そういうことでいいんじゃないか。
何にせよPCはないと困る生活の一部だ。スマホと同じくらい困るといってもいい。
今時期が一番新しいPCを買って穏便に移行作業ができる頃合いでもある。今月末から来月の頭くらいは週末も忙しくないので、それまでになんとなく目星をつけて、あとは店舗で買うかオンラインで買ってしまうかは状況次第で決めればいい。店でいい感じに買えるなら別にそれでいいのだ、実際。自分で組んだりするわけでもないし、ある程度条件を満たしていれば大きなこだわりはない。メモリはもう16GBの時代か、8GBだと今は良くても先がきついか、とかまあそういうことは机上で考えれば良いことで、見たいのはキーボード配置とかそういうところ。あとは値段。
買うとなれば調べ物は俄然楽しくなってくる。調べるだけならタダなので、特に予定のないデスクトップ型のPCの値段を見たりなんかして。家から動かさないならデスクトップで全然問題ないわけだけれど、ノートを買うより値が張る感じがあってなかなか手が伸びにくい。
まああとはそもそもブランドをどこのものにするのか、とかも考えどころだ。
HPは安い。安いといっても格安系のそれには劣るが、例えばHUAWEIの「MateBook」みたいな、見た目も名前も明らかにMacbook意識なのに妙に安い、みたいな物よりはずっといい。バッテリーの劣化とか早そうだし、後私は別に見た目がスタイリッシュかどうかとか、軽さがどうとかはあまり意識していない。
日本のメーカーのPCにまた戻ってもいいのだけれど、予算と折り合いがつくかどうか、という問題が常に付きまとってくる。出しても20万、それもちょっと高いのではないかと思ってしまうところがあるだけに、難しいところだ。メインSSD256GB+HDD1TBという今の構成に慣れ過ぎていて同じような感じにしたいと思うわけだが、今の主流はこうじゃないらしくどうも感覚を改めないといけないらしい。あとは高いのはofficeか。2万くらいするしいっそなしでも……と思ったりもするが、微妙に使うタイミングがあって切れなかったりする。
だからもうあれなんだよな、最終的には、長年使い倒しても大丈夫な耐久性、これが一番大事だと思っている。
今のこのPCは4年でバッテリーがおかしくなりつつあるわけだが、それよりもっと長く使い倒してもいいというぐらいのものならば、高いお金を払って買ってしまえばいいんだ。もちろん破産しない程度で、だけれど。
ああもう、悩ましい。悩ましいけれど、これは結構楽しい悩ましさだ。
何を買おうかな、どれにしようかな。
今、WebページやYoutubeの広告がPCのものだらけになりつつある。
気温差でダメになりそう
まだ盛夏は先だなどと思っていたら、毎日最高気温が36℃になってしまった。週間天気予報の値なんてそこまで当たらないと高をくくっていたが、しっかり毎日暑い。天気としては雨が降ったりやんだりという感じではあるが、正直梅雨のそれというよりは、夏のにわか雨というか夕立というか、ゲリラ豪雨というかそういうものに近いと思う。外がもう蒸し暑くて仕方がない。
そういう状況なのだけれど、週末の三連休は北海道へ行く予定である。函館から札幌に移動する予定だが、函館の時点で予報として最高気温が23℃くらいの予報だ。北海道でも普通に30℃くらいになることはあるが、なぜかそういう日は5月とか6月にあって、この時期は普通に涼しいようだ。だいたい25℃くらいをイメージしていけば良いみたいだ。
イメージしていけばいいとは言うものの、25℃ってどういう格好をしているべきなのかすっかり思い出せなくなっている。ギリギリ長袖でいいのだろうか? 最低気温はまあ下がって15℃くらいらしいが、そうすると長袖一枚羽織るだけだとどうなんだろう? かなり微妙なところである。そもそも暑いのに慣れつつあるこの身体で急に36℃から25℃に変わったらそれだけで風邪をひくと思う。
実際例年夏に北海道に行くとだいたい滞在2日目あたりに体調を悪くすることが多い。朝から頭が痛くて仕方がないみたいなことになるのは、気温差に身体が付いて行っていないのと、寝ている時の格好に感覚のずれが発生してしまうのだろう。できるだけそういう事態は回避したいが、もうすっかり長袖をしまい込んで夏用に服装を転換したところなので、またやらかしてしまいそうだ。
現地で服を買って当面の寒さをしのぐ、というのは何度かやったことはある。その場で何とかなっても、服のセットというか組み合わせ的に結局足りなくて我慢する日が出るからあくまでその場しのぎなんだよな。だいたい基本的に何かしようとして旅行しているわけだから、唐突に服が欲しくなって買うことができるかといえばほんと場合によるとしか言えない。飛行機の出発ロビーとかでは割と買いやすいんだけれど、大抵欲しくなるのって到着して外に出てからなんだよな。電車なりバスなりで移動してターミナルについたときに、あれ、これまずいな、となるので手遅れなんだ。
しょうがないからちゃんと服を荷物として詰め込んでおくしかない。多少暑い分には我慢するなり脱げるようにするなり考えるという、そっちの方が身体としては安定だ。
まあでもあれだよな、やっぱり避暑という意味では北海道に行くのは最高だ。少なくとも36℃とかになることはないわけで、快適に過ごすことができる。だから楽しみにしている。行く前に体調を崩したりしないように気を付けないと。仕事が忙しいから金曜日には疲れているだろうけどさ。なんとか上手い事乗り切らせてほしい。
少し早いが私の夏休みである。8月のお盆あたりで大型連休になるかというのが例年不透明であり、仕事をしている年の方が多いのだ。休みならラッキー、というくらい。カレンダー通りに3連休があったりするけれど、せいぜい1日追加して休むかどうかみたいに考えているので、例えば「一緒に仕事をしているお客さんが休みだから休みにしたらいいんじゃないの?」という事でもなければ、私の夏休みが8月のお盆にも生まれるわけだが、どうだろうな、微妙なところだ。
7月と、それから9月あたりを狙って休むのがちょうどいい。8月誰かと遊びに行くにしても、3連休があるから最低限そこで……ということになるし、悪くない振り分け方だと思っている。
とりあえず今週末は遊ばせてほしいので、仕事を来週の自分に押し付けられるくらいには頑張って片付けないとね。
この異様に暑い1週間をとりあえず乗り切りたい。