言葉のリハビリ場

好きなことや思い出したこと、忘れていたこと、つらつらと文字にしています。

昨年末最後のヒット商品「着る毛布」

昨年末、「着る毛布」というものを買った。広げてみるとただの一枚の毛布なのだが、ボタンが付いていて、肩に羽織って胸の前で止められるようになっている。着用した姿はさながら「外套」とか「ケープ」とかのそれに近い。でもこれがとても便利であったかいのである。

購入のきっかけは、人の家に泊まりに行くときに毛布が必要になったことだった。寒い冬に毛布なしでは寝られないということで、せっかくだし何かちょうどいい毛布はないだろうかと買いに行ったところ、着る毛布というものに出会ったのである。
単純に毛布として掛け布団がごとく上から掛けても良し、寒い時に部屋着の上着として羽織るのも良し。車中泊で座席に座ったまま寝るときにも大活躍してくれた。羽織っても掛けても使えるのはとても便利である。2018年最後の買い物にして最大のヒット商品だった。

家にいる時も結構活用していて、朝の起き抜けの寒いタイミングなんかに羽織っている。寒い日に掛け布団から抜け出してそのままいろいろやるのは大変だけれど、抜け出すまでの第一ステップとして使っているわけだ。見た目は完全に蓑虫のようになるが、気にしない。この格好で外を歩くわけではないから。

元々着る毛布を買う予定はなくて、ただの毛布を買う予定だった。店内でも最初は膝掛けのような物を手に取ったくらいである。持ち運びやすくて、とりあえず掛けられるものということで、サイズの小さい毛布≒膝掛けタイプの毛布というわけだ。それを持ってレジに向かう最中に着る毛布を見つけて、ああこれならもっと良いのではないか、と思い直してこちらを買った次第である。出逢いは偶然。値段も見ずに買ったので、大した価格じゃなくて本当に良かった。しかもその足で旅行に出かけたものだから、この買い物が成功で本当に良かったと思う。


着る毛布が昨年のヒット商品だとすれば、昨年外れだったものはなんだろう。考えてみても、あまり思い当たらない。小さな日常的な外れはもちろんあったけれど(期間限定商品の飲み物が美味しくなかったとか)これはダメだ使えないというような物はたぶんなかったんじゃないかと思う。大外れなんてそれこそ宝くじくらいなものだろう。
ものを買うよりも、旅行やらライブやらにお金を使うことの多い1年であったのは確かだ。そのどれもが楽しかった。もちろん旅行先で食べた牡蠣に当たって帰宅後に酷い目にあったりもしたが、それもまた良い思い出である。
当然苦しかったわけだから二度とあんな思いはしたくないけれど。

 

予備校の自習室の思い出

私は家で勉強ができないタイプの人間だった。テスト勉強なんかの時はその2週間くらいを集中すればいいということで、部屋を閉め切ったりなんなりで乗り切ってきたが、大学受験の勉強ともなれば長期戦となりそれでは集中力がなかなか続かなかった。
特に追いこみの時期になると学校に行かなくなる(授業がなくなる)ので、ますます家に居ることになる。そうするとちょっとした生活音、特にテレビの音だとか喋る声だとか、そういうものがとても気になるようになってしまった。家族に協力してもらうのにも限度がある。というか、受験勉強をしているからテレビを見るな音を立てるな喋るななんていったい何様だという話であるわけで。だから、大学受験の時は予備校の自習室にほとんど毎日通う生活をしていた。
私の受験勉強の後半ほとんどは予備校の自習室にあった。

幸い自習室の環境はとても良かった。話をするような人は当然居なかったし、筆記音のような情報量の少ない音が主だったので、それが不快になるようなこともほとんどなかった。

音楽や会話は情報量が多い。無意識に入り込んでくると、思考に影響を及ぼしてしまう。集中してしまえば変わらないのかもしれないけれど、結局集中するまでにそういったものに邪魔されてしまうのが結構イライラを助長してしまうものだ。苦手な英語の勉強なんて特にそれがストレスだった。
一点集中タイプの私にはそんな環境がちょうどよかった。当時まだスマートフォンは持っていなかったし、そのタイミングでメールなんかをよこしてくるような友人もなく、何かと誘惑の多い自宅よりはずっと集中できた。それがよかった。でも息抜きと称して電子辞書のメモ機能にいろいろ書いていたりしたから、集中するものを少しはき違えていたような時もあった。そんなこともある。

あとは、そこの予備校の自習室独特のルールとして、「毎時30分に着席している事」が席確保の条件だったから、お昼ごはんを食べに離席しやすくてとても便利だった。
自習室は飲食禁止だ。多少の水分補給や、飴くらいは黙認されていたけれど、さすがに座席でもぐもぐ食べるのは禁止されていた。
朝から夕方まで自習室をずっと使うには、当たり前だけど食事が欠かせない。離席が認められないシステムだと、食事後にもう一度座席を確保しなくてはならないので大変だろう。そもそも自習室というのは座席が全部埋まっていれば順番待ちの列に並ぶことになる。わざわざ自習室にやってきて順番待ちの列に並ぶのはなかなかしんどい。予備校の授業の前後に自習室を利用する人が多いのでそれなりに回転するのだが、それも入れ替わりには運の要素が強い。雨の日なんかは特に帰りたくなくなる人が多いのか、自習室はなかなか入れ替わりがなくなるものだった。

だからこの「毎時30分の着席ルール」があって私はとても助かった。11時半になると私は自習室を出て、いそいそと食事に出かけ、12時半に間に合うように戻ってくるのが日課になった。
他の人に話しても、なかなかこういうルールは予備校ごとに独特なものがあるようで面白い。そもそも自宅で普通に勉強できる人は多いのだから、あまり自習室を使わなかったという人もいるし、本当に人それぞれだ。

ただ私はあの自習室での生活が好きだった。そういう思いが今でもある。

 

社会人になっていくばくか経った今、大学受験から何年たったのかと数えてみたら冷や汗が出たものだ。時が経つのは早いものである。そして思っているよりすっと「最近」の範囲が自分の中で広がっていたことに気が付いた。ほんの少し前まで大学生だったような気がするし、ほんのちょっと前まで受験生だったような気がする。
あのときから何か前に進んだような気はしていないけれど、それでもずいぶんあの頃から年を重ねたものだなぁ。

今年、大学受験をするという従兄弟。ずいぶん年下のように思っていて、お年玉をあげたりとかしているけれど、もうそんなに大きくなったのかと「田舎の親戚のおじさん」のような事を思ってしまうけれど、これからどんどんそういう思いをするようになるんだろう。
「よその子とオクラは育つのが早い」って言いますもんね。

小銭貯金

 

初めはいつか使うために貯めておいたはずのものが、いつの間にか貯めるのが目的になってしまうようなこと、ないだろうか。私はある。頻繁にある。
初めからコレクトするためのものであれば良いのだが、いつの間にか手段の方が目的になってしまっている場合がある。

例えば5円玉。きっかけは初詣の時に5円玉が欲しくなったことだった。よく初詣に行く神社は、敷地内に大小20近くお参りできるような場所があった。上昇祈願とか金運等のものから、お稲荷さんや六地蔵七福神までいろいろあって、全部にお賽銭を用意しようと思ったら結構な枚数になる。そういうのってなんとなく全部制覇したくなるもので、1円玉では味気ないし、10円玉でもいいけれどどうせなら「ご縁」ということで5円玉を……という事で私の5円玉収集が始まった。
5円玉というのは1度の買い物で1枚しか生み出すことはできない。なので、1円玉や10円玉なんかを使って、お釣りの下一桁が5円になるように調整するわけである。結構巷の主婦なんかが小銭を上手く使うためのにやっているライフハックのようなものだ。そうやって地道に5円玉を集めていると、今度は5円玉が財布に入っていても全く使わなくなってくるものだから面白い。それどころか5円玉は使わないものとして見てさえいる。券売機なんかには5円玉は入らないし、たとえば107円とかのお会計になら112円出して5円玉をお釣りでもらうわけで、5円玉は使うものではなく貰う専門となっているのである。
それでまあ初詣の時に使うのだが、年間通して収集しているので明らかに需要過多になっている。それどころかぱーっと使うのにものすごく抵抗があって、相変わらずちまちまと使って閉まっている。5円玉はもはや使うためでなく貯めるために貯めている。本末転倒なのだが、もうそうなってしまった以上は仕方がないのだ。

5円玉に限らず、小銭を貯めておくのはかなり好きだ。
高崎名物の「だるま弁当」というものをご存じだろうか。赤いだるまを模したプラスチック容器の弁当なのだが、だるまの口に当たる場所に穴があいていて、貯金箱として使えるようになっている。家に持ち帰って良く洗ってから使う前提で作られているのである。当然弁当箱なので多くの人は弁当ガラとして捨ててしまうのだろうけれど、私はあれを正当に貯金箱として小銭を入れて使っているわけである。1円玉から500円玉までまんべんなく入れているので、結構な額になっているはずだ。おかげで封筒に入れて渡さなければならないような細かい支払いの際の「端数」には困らなくなった。困らなくはなったが、逆にそういう場面でもなければ貯金箱を開くという事はないので、これもまた貯めることが目的になってしまっている。困った時に使おうと思っていたはずなのに、困っていても手を出さない聖域になってしまっている。


ちなみに、小銭を集める趣味は私の母方の祖父にもあって、いつも大きな焼のりの空き缶に小銭を放り込んでいるの見せてもらったことがある。ずっと集めいているだけあってかなり古い年代の小銭もあるようだが、いわゆる希少硬貨みたいなものはほとんどないらしい。私と同じで、いつの間にか貯め込んでおくのが趣味になってしまったようだ。
血は争えないものだ。

 

2冊のマンガ

 

同じ漫画を2冊買ってしまった。やったことのある人が多そうな「家にあるのに買ってしまった」パターンではなくて、棚から順番に4冊抜き取った結果2冊被っていたのである。やってしまった。しかも新品ではなくてBOOKOFFにある中古だ。

私は数年前からせっせと『クッキングパパ』を集めている。100巻超えの作品だし、今も続いているものなのでさすがに纏めてなど買えるはずもなく、だいたい中古で100円くらいになっているものをちょっとずつ購入しているのである。このご時世、電子書籍にでもすればよかったのだが、中途半端に集めてしまっているのに今更変えるわけにもいかなくてずるずると続いている。2ヶ月か、3ヶ月くらいのペースで2~4冊ずつ買っていて、この時も4冊まとめて購入するに至ったわけだ。ちゃんと家にある巻数は事前にチェックしてから購入したのだが、まさか同じ巻数の本を2冊手に取っているとは露ほどにも思わず、また運の悪いことに61巻から4冊買ったので違和感も覚えることはなかったのである。

そういうわけで我が家には今『クッキングパパ』の62巻(中古)が2冊ある。62巻はニューヨーク編が丸々収録されていて、一応単体でも読めるけれども、ニューヨークに行くに至る経緯は61巻に収録されているのでやはり62巻単体での価値はさほど高くない。むしろ単体で読むのにはいまいち状況がつかめなくて困りそうだ。だから人に譲渡するというのは少し難しい。となるBOOKOFFにて再度売却すれば良いのではないかという話だが、元々中古なので10円くらいにしかならないだろう。捨てるよりマシという程度。購入価格が100円だから金額的には大したダメージではないのだけれど、気持ち的なダメージは大きいものだ。

小さい頃『トム・ソーヤの冒険』が2冊被ってしまった事があった。この時は、もともと我が家にこの本があったことを知らなかった祖母が、何かのタイミングでプレゼントとして渡してくれた事により「被り」が発生してしまった。事故みたいなものである。その時はなんとなく被ってしまった事は言いだせず、しばらく我が家には2冊の『トム・ソーヤの冒険』が存在していた。完全に同じ出版社のものなので、装丁から文章まで同じである。
祖母から「トム・ソーヤは面白かったかい?」と聞かれれば「面白かったよ」と言って感想を言う以上の事はなかったし、わざわざ被ってるからいらなかった、なんて事も言えなかった。結局2冊目のトム・ソーヤは数年前の大掃除のあたりまで家にあって、母の知り合いの小さな子供のいる家に、洋服なんかと一緒にプレゼントしたような記憶がある。被ったのがトム・ソーヤでよかった。その点、クッキングパパ62巻ではどうしようもない。
しょうがないから今度行くときに持っていこうとは思うのだが、BOOKOFFが隣駅にあるということや、その隣駅にしばらく用が思いつかないこと、さらにはわざわざ帰りに寄るために本を会社に持っていくのは癪なので、クッキングパパ62巻はしばらく我が家に居座ることになりそうだ。

 

Bluetoothイヤホン


スマホで電話をする時はイヤホンの方が圧倒的に楽だ。ガラケー時代にも増して、耳に当てる弊害というものが多くなった気がする。タッチパネルが皮脂で汚れているといろいろ良くないからだろう。
あと他の人がどうなのかわからないけれど、長電話をすると耳がどうも痛くなるというのがあって、右耳で聞いてみたり左耳に変えてみたりと行ったり来たりを繰り返して電話をしていたものだった。
そこで使うようになったのがイヤホンである。いつの時期からか、iPhone付属のイヤホンにはマイク機能が付いてきたので、イヤホンで相手の音声を聞きながら、そのまま耳にスマホを当てる事なく会話ができるので、普及し始めた頃はとても嬉しかったのを覚えている。これは便利だ、と。
外出中で電話を取る時、特に駅のホームなんかで電話に出ても良く聞こえない。言ったことがしばしばあったが、これもイヤホンにより解消されたわけである。
ついでにスマホに手を触れなくても電話に出られる機能付きということで、これもものすごく便利である。

だが純正イヤホンとの蜜月は長く続かない。iPhoneがイヤホンジャックを廃止したのだ。充電用のジャックと共用化されてしまったのだ。つまりこれで「充電しながら」電話をする、という行為ができなくなってしまった。
普通に生活する分にはそこまで困らないかもしれない事柄だったが、あいにく損なタイミングで私は外回りの営業職であったので、電話はそれはもう素晴らしい勢いで使っていたわけであった。

基本は外回りだし毎日遠方への出張だったから、その場合は朝一番の上司からの電話からずっと電話しっぱなしなわけである。直販取引の会社は営業個人に全部客先からの電話がかかってくるので、商品の注文やあるいはクレームだとか質問、販促物の依頼だとかまで全部掛ってくる。ひたすらそれを受ける。月末とかだと合間に上司からの電話。仕事が終わる時間には夜の報告を兼ねての「今日何軒取れた? いくら?」のこれまた上司の嫌な電話。挙句の果てに月末最終日なんかは売り上げを締めるギリギリまで会社からひたすら客先に電話、電話、電話。電話地獄である。メールが普及してSNS全盛期のこの時代にここまで電話をするかというくらいしまくった。
基本的に運転や移動が多かったので、メールやメッセージのやり取りはあまり出来ないのもあって、なし崩し的に電話になるのはわかるのだけれど、キツイものはキツイ。何事も適度に行うのが良いものである。でも使わざるを得ない場合もある。

そういうわけで、充電せずにずっと電話をしていたらあっという間に電池などなくなってしまうので、私はとうとうBluetoothイヤホンを購入するに至ったわけなのだ。
充電しながら電話ができるし、音質もかなり良い。完全コードレスというわけではなく、マイクと一体になった物を買ったので、電話にもワンタッチで応答できる。場所を選ばないのも良い。
不便な点としては、Bluetoothイヤホンそのものの充電が必要なことだろう。充電しないと使えないし、充電が切れれば使うことができない。でもまあ、1回のフル充電で2日くらいは保つので、毎日寝るときにでも充電しておけば特に問題はなかった。

ついでにBluetoothさえ対応していれば大抵の機器と接続が可能なので、iPodにも登録して使ったりもしている。公私ともに使えるいい買い物だった。

ただ、使いまくってしまったせいなのか、それとも粗悪品だったのかわからないが、なんと購入1年経たずに右耳の音が聞こえなくなるという不具合が発生した。幸い保証期間内だったので、新品と交換になったのだが、意外とBluetoothイヤホンというものは繊細なのかもしれない。
もうかつてのように使い倒す日々はやってこないので、そこそこ大事に使うようにしているが、またある時急に壊れてしまわないか少し不安である。有ると思っていて使えないダメージの大きさ、計り知れないと思います。

寒中お見舞い

久しぶりに手紙というものを書いた。正確に言えば、寒中お見舞いである。大学受験あたりをきっかけに年賀状を出すのをなんとなくやめてしまってたのだが、今年はいろいろあって新たに住所を交換した人がいたので、寒中お見舞いを出すことにしたのだ。

履歴書の自己PR欄はなかなか埋まらないのに、手紙というのは案外すんなりと書けるものである。もちろん便箋ではなく、葉書なのでそもそも大きくはないという事情もあるし、時候の挨拶だとか定型文を書いていたらあっという間なのも一因なのだけれど、やっぱり連絡手段としての「手紙」ってたまにはいいものだな、と思ったわけである。


相手の人が実家に帰るという話を聞いたのは昨年の春くらいの話で、その時個別にわざわざLINEを送ってくれたので私はその事実を知っていた。だが、帰郷の際にLINEを消したらしく、それ以外の連絡先を知らなかった私は彼と連絡する術を失ってしまったのだ。もともと学生時代のアルバイトで知り合った仲だったので、LINEくらいしか知らなかったのである。それで事足りていたから、電話番号を交換しようだとかを思わなかった。
でもよくよく考えてみれば、今時電話番号やメールアドレスのような「連絡先」を交換する習慣ってあまりないような気がする。社会人になって空の知り合いなら、結構名刺を持っていたりするので、案外なんとかなるものだ。でもLINEでしか繋がっていない人というのは存在する。帰郷した彼と私はまさにそういう関係で、その虎の子の彼のLINEアカウントが消されている野を見た時はさてどうしようと困ったものだった。
私の旅行好きを彼は知っていたので「近くに来る時は連絡してくれればいろいろ案内するよ」と言ってくれていたのだが、連絡先がわからなければ連絡など出来ないわけで。

そうか、ならば直接会いに行けばよかろうと。単純な話である。

住所は知らなかったが、実家が薬屋であるという事は事前に知っていて、店の名前をなんとなく聞いたことがあったのが幸いした。GoogleMapで調べたらすぐに出てきた。そういうわけで支店が1店あったが合計2店舗だしまあ行けばどっちかにいるでしょ、くらいの軽い気持ちで会いに行ったわけだ。

突然の来訪に驚かれはしたが、連絡先がわかんなかったんで直接来ましたの一点張りで押し切り、連絡先を交換することと相成ったわけだ。
快く受け入れてくれて本当にありがとう。
そして本当に会いに行っただけなので、10分くらいの滞在で店を去ってしまってすみませんでした。

Yahoo!ジオシティーズの思い出

思い出のwebサービスという言葉にパッと思いついたのは「Yahoo!ジオシティーズ」だ。ホームページの作成サイトであり、そこそこ簡単に作成することができた。YahooのIDを持っていれば誰でも無料で開設できたし、無料会員の最大データ量である100MBもあれば当時は結構画像なんかも載せることができたもので、作って遊んだものだった。平成も中盤くらいの話だ。サーバーレンタルだとかドメイン取得だとかそういった専門的なことは一切行わなかったので検索しても出てこないが、URLさえ分かっていれば足を運ぶことができたので、仲間内で相互リンクを貼って行き来していたものだった。

ある友人は掲示板のページを作っていて、夜みんなで示し合わせて同じ時間にアクセスして、チャットのように会話を楽しんだりもした。携帯電話がかなり普及していて、メールなんかのやり取りが普通に行える時代にはなっていたが、こう言った遊びはまた別だったのだろう。当時大流行していた前略プロフィールmixiなんかとは違う本当に仲間内だけのやり取りというのは結構面白かった。今思えば、テキストサイト全盛期の時代の追体験のようなものだった。

このサイトは仲間内だけのやり取りだったはずなのだが、どこからかURLが漏れたのか、はたまた掲示板だけは仕様が違ったのか、外部の人が数人紛れ込んで来ていて、翌日学校で「あれは誰だったんだ?」という話になったのをよく覚えている。特に荒らしたりクラックしたりというような人ではなかったようだが、なぜか掲示板に『智代アフター』のネタバレをつらつらと書き連ねており、そのせいで私は未プレイなのにあの話のあらすじから結末、18禁版とPSP版とのシナリオの違いなど細かく知っている。それを書いたのは誰だか知らないけれど。裏話みたいなのも事こまかに載っていたし、あれはもしや関係者か何かだったのだろうか。
いずれにしても、よくもまああんな場所で書こうと思ったものである。


この「Yahoo!ジオシティーズ」という代物は、私のようなど素人でも直感的に操作できるような簡単な操作のみで作成するだけのものではなく、HTMLを使って作成することもできたので、このあたりでHTMLを覚えたという人も結構いるだろう。私は一瞬で諦めたけれど、まさかそれから十数年たって(軽くではあるが)HTMLを勉強することになるとは思わなかった。CSSまでおまけについて、覚えるのは結構大変だった。DTPだってまともに出来ないのに、そこから視点を270°くらい変えるような感覚で結構難しく感じてしまった。HPとか作る時に使わなかった? と聞かれたが使っていない。なぜなら「Yahoo!ジオシティーズ」で直感的に適当に作っていただけだから。
おかげで未だにHTMLには苦しめられている。あいつ(HTML)、エラー吐くくせに実行しないと教えてくれないし実行しても教えてくれない時もあるから。

まあ完全に逆恨みであるし、憎むべきは自分自身の不勉強なのである。そういえば昔、テキストノベルを作ろうとして、文章以外のところでつまづいたのもやっぱりHTMLに似た要素だったな。

Yahoo!ジオシティーズ」は終わってしまうけれど、つたないHTML/CSSで作ったサイトは、あの頃の「Yahoo!ジオシティーズ」そのものだったので、ついつい思いだしてしまった。