言葉のリハビリ場

好きなことや思い出したこと、忘れていたこと、つらつらと文字にしています。

地名の奪い合い

マンションの名前なんかによく、地名が冠されているだろう。例えば「ラ・アイサトール 高田馬場」とかそういうもの。あれって結構地名呼称が適当で面白いと同時に、名前を付けた人の意図というか、どの名前を冠するほうがイメージがいいだろうかという苦心のようなものが垣間見れる。
大抵は近隣の駅名が付けられているわけだが、この駅間となるとかなりその境界線というのはあいまいである。どうも名前を冠するのに制限は余りないようで、近隣に駅の入り組んだ場所などではかなり状況としてはカオスである。そこに駅名でない地名なんかが入ってくるとより面白い状況になる。
マンションには限らない。例えばコンビニの店舗名とか。あれって、コンビニに限らず、店の名前が明示されているチェーンとそうでないチェーンがあるけれど、調べればちゃんと名前が出てくる。そりゃあ、どんなに近接していても近隣店舗と区別しなくてはならないから、名前は違うよね、と。

私の知っている限りでかなり入り組んでいたのは、東京の神楽坂の界隈である。神楽坂通りというあの有名な坂の通りがあり、その周辺が主に「神楽坂」と呼称されている。実際に町名にもなっているが、それ以上に「神楽坂通り」と呼称されていることが周辺の名づけに影響を及ぼしているようだ。
というか、神楽坂の持つネームバリューと言うか、イメージの力と言うのは非常に強いなぁと思い知らされてもいる。どういうことか。
分かりやすいのはやはりチェーン店の名前だろう。
神楽坂通りの入り口は、飯田橋の駅がある。地下鉄の出口なんかはもろに神楽坂通りに面していたりする。だがもっぱら呼称は神楽坂。マツモトキヨシは「神楽坂店」、ファミリーマートは「神楽坂下店」。不二家はなんと欲張りにも「飯田橋神楽坂店」。少し坂を上ってセブンイレブンは「新宿神楽坂三丁目店」、近くのファミリーマートは「神楽坂三丁目店」。とにかく「神楽坂」という呼称は外したくないようだが、複数店舗あったりすると区別をつけるべくいろいろ呼称が細かくなったり、さらに大きな地名(新宿区なので新宿、とか)がつけられたりもしていて面白い。
意地でも神楽坂の名前を付けたいのが、ココカラファインというドラッグストアー。なんと神楽坂を冠した店名だけで3つもある。「くすりセイジョー神楽坂店」と「ココカラファイン神楽坂上店」「ココカラファイン神楽坂中里町店」の3つだ。神楽坂と神楽坂上は20mしか離れていない趙至近距離店舗なせいで、あえて合併前の「セイジョー」を名乗ったままといおまけつきである。ちなみに神楽坂中里町店は東西線神楽坂駅から300mくらいのところにあるので一応神楽坂である事はわかるが、実際のところ神楽坂と言う感じのする場所ではあまりない。近接したセブンイレブン、ローソン、そしてデニーズは「新宿山吹町店」であり、山吹町という地名の存在感がすごい。さらに存在感があるのが「早稲田」の名前。「江戸川橋」の名前も駅から近いため結構存在するし、地図で見てもかなりこの界隈はカオスな様相を呈していることが分かる。

私はライターでもなんでもないので特に調べたりしないけれど、こう言った命名規則と言うのを調べて見る企画と言うのもおもしろいかもしれない。実地で写真をとってもおもしろいし、チェーンの命名規則を比較してもいいかもしれない。
そう言う企画があったらぜひ教えて欲しいし、やりたい人がいたらぜひやって欲しい。

社会的時差ぼけと早寝早起き

眠いとすべての作業効率ががくんと落ちる。どういう理屈かは知らないが、例えば私の場合は脳のリソースの大部分がその眠さに持っていかれてしまう。細かいミスが増え、注意は散漫になり、記憶力もいまいちになり……とぱっと思いつくだけでもこれだけの悪影響。
それくらい睡眠は大事なものなのだ。寝不足はまずい。

何故寝不足になるかと言えば、大抵の理由はその日の「朝や昼の寝すぎ」か「前日の夜更かし」である。早起きしなくちゃならないのに、夜遅くまで起きていてしまう。起きる時間はそんなに早くなくても、昼寝をしたせいでなかなか寝付けない。

たまの早起きというのは、そこまで苦になるものではない。例えば旅行に出かけるとき。あの早起き自体は眠いけれども結構なんとかなってしまうものだし、どうせ行程で疲れるからか途中でうとうとしたりしても、夜はそれなりの時間に寝つけたりする。だいたい何週間も続くわけではないから、多少の無理は効くものだ。
ところがこれが生活習慣そのものの話になると別である。例えば平日は毎朝5時半に起きなくてはならないという場合。この場合、6時間以上寝ようとすれば自然と23時くらいには就寝する必要が出てくるわけだ。これがまたいきなり思い立って早く寝ようなんて出来ないから困っているのだ。

早く寝るのはどうにも難しい。思い立って今日は早く寝よう! と思って布団に入って寝られればいいのだが、それが出来るときと出来ない時がある。
寝ようと思うほど寝られない。悪い循環だ。そうこうしているうちに、なんだかまたトイレに行きたくなってきたり、花粉症の薬をのみ忘れたような気がするな、とかなんとかグダグダ考えているうちに全く眠れなくなっている。いろいろ考えているのはよくないらしい。どうも無心になる事は入眠への近道らしく、逆にいろいろ考えたりしているのはよくないらしい。それはまあ、自分でもよくわかっているんだけれど、いや、だからこそなかなか眠れなくて今度は焦ってくるわけである。明日が辛いぞ、朝起きれないぞ、と。一日眠いと効率も悪いし、だいたい月曜に眠そうにしているなんて、別にどこに出かけたわけでもないのに「毎週毎週月曜から眠そうだけど、そんなに遊んでばかりじゃいかんよ」なんて嫌みの一つでも飛んで来てみろ、最悪、あまりに最悪である(まあそういう上司は今の職場にはいないが)。
月曜日と言うのは、電車も遅れるし、車であれば渋滞もなんだかひどいし、以前の私のように「月曜日だけ出社してあとは出張」だとか「月曜以外は出先に直行」なんて人も結構いるのだろう、月曜だけ混雑が激しいためにいつもよりもなんだか遅くなってしまいがちである。だから下手をすれば月曜日こそ、他の曜日よりも早く出かけなければならないわけだったりするのだ。

そこで私は考えた。月曜日こそ早く起きなくてはならないのなら、日曜に寝不足になっていればいいのではないか、と。浅知恵である。土曜の朝はどうせ起きられない。起きる用事がなければ、自然といつも6時に起きていようが何だろうが、土曜は10時とかにだって平気になる。そして夜も遅い。早寝の理由もないから。そして日曜日に寝坊せず早めに起きるのだ。そうすれば、夜になればすぐに眠りにつけるだろう。そういう算段だ。

だがやってみて思ったのは、日曜日の日中の眠さだ。とにかく眠い。最初に話した通り、値むさはやる気さえも奪っていく。だましだまし午前中なんかは精力的に活動する真似なんかをしてみても、昼食後はもうだめだ。とにかく眠くて、気づけば昼寝をしてしまったりする。そうするともうだめだ。私の昼寝はとにかく長い。そしてとにかく起きない。平気で2時間3時間と寝てしまう。15分とかでアラームを設定して寝れば別なのだろうが、寝落ちレベルの昼寝ではアラームなどかかるはずもなくそのまま気付けば目覚める頃には日が暮れている、と。

せっかくの日曜が何にもならないどころか、結果的に月曜日も台無しになっているので意味がない。馬鹿みたいな話だけれど、当時は大まじめにやっていた。
また困ったことに月曜しか出社しない出張生活だったので、平日分の雑務やらなんやらをすべて週末にこなしていた。なので、土日を棒に振ると本当にそういう最低限しかできないので、本当に眠いまま日曜を過ごす実験と言うのは馬鹿な実験であったのである。

結局犠牲になるなら1日でいいということで月曜日にしわ寄せがいくようになり、また雑務も終わらないのでどうせ日曜日は棒に振れないということで、この話はなかったことになった。
どんどんおかしくなったのはたぶんこのせいでもあったと思う。睡眠不足は人を悪い意味で変えるものだ。判断力や思考力がおかしくなる。身体が持つわけがない。

そう言う意味では、今は場所にもよるが9時か9時半出社で良い環境にいるので、大変助かっている。朝過剰に早く起きる必要がないのが一番ありがたい。そしてどういうわけか、今のところ多少の早寝も出来ている。良い循環だ。睡眠を削るのがいかによくないか良くわかる。短い睡眠で生活するのは、少なくとも私には向いていないのだ。私はナポレオンではないし、ナポレオンにはなれない。良く寝て良く食べてとそっちの方が良い。それがどちらも損なわれていた以前の環境でいろんな意味で壊れかけたので、そう言う意味では環境が変わって良かったとしみじみ思うこの頃である。

最近「社会的時差ぼけ」という言葉を聞いて、いろいろ思い出しながら書いたわけであった。

 

水族館

魚は食べるだけでなく、見るのも楽しい。
私は水族館が好きだ。一人でも行く。旅先で美術館に入ることはほとんどないけれど、水族館だったらたぶんかなりの確率で行くと思う。それくらいには好きだ。

意識をしたことがなかったので気がつかなかったが、ここ5年くらいでずいぶん水族館に足を運んでいる。だいたい沼津の「沼津港深海水族館」「あわしまマリンパーク」「伊豆・三津シーパラダイス」のせいなのだけれど、それ以外にも結構水族館に行く機会が増えたのは間違いない。
伊豆・三津シーパラダイス(以下「みとしー」)なんて勢い余って年間パスポートを買ってしまった程だ。決して沼津在住とかではないのに、だ。
まあこの沼津3水族館に関しては、ラブライブ聖地巡礼だとかそういう邪な思惑が絡んでいるのでアレだが、それにしてもここまで水族館って好きだったかな? と思ってしまうわけである。


魚を飼う事はそんなに得意ではない。最近は違うけれども、半年前までは毎週出張だったので家に帰れない=魚の面倒を見れないということで、飼おうという発想にも至らなかった。至れなかった。

昔、それこそ小学生くらいの時には家に金魚がいた。縁日で金魚掬いをやって、1匹も取れなかったのをみて屋台のおじさんがくれた金魚だった。
水槽がなかったので、深さ5cmくらいの謎の入れ物(直径10cmくらいの、丸い、植木鉢の受け皿みたいな何か)に入れて飼っていた。たぶん、屋台の金魚だしそんなに長生きしないだろうと思っていたのだろう。
だが、その金魚は結局3年くらいだったかな、いやもっとだったかもしれないけれど長い事生きた。ずっと謎の入れ物に入れたままだったけれど、ずいぶん長い事家族の一員だった。
水槽、買ってあげればよかった。

話が脱線したが、つまりまあ魚は昔から好きである、ということだ。見るのも、食べるのも。

水槽はいつまでも見ていられる。
大きな視点で、水槽全体を見るのも良し。1匹の魚に視点を移して、その動きをずっと追いかけるのも良し。水槽そのもののレイアウトを楽しむのもまた、良し。隠れている魚を探したり、魚の名前を調べたり、生態を調べて実際の動きと比べても良し。なんでもありだ。
あと泳いでいる魚を見て「あの魚美味そうだな」も個人的にはいいと思っている。イワシが群れになって一斉に動いている様を見て、すごいなと思いながらみんな美味そうだなと思ったっていいのだ。実際そうでなければ、水族館のレストランであんなに海鮮丼を扱っているところが多い訳がないのだ。前述の「みとしー」なんて一見魚メニューなんてないような構えのレストランが入っているが、入ってみれば「さばのトマトスパゲッティ」「アジでペペロンチーノ」「しらすとモロヘイヤのジェノベーゼ」なんだから。


水族館に行けばそれこそいろんな種類の魚がいるし、魚に限らずいろんな生物を展示している事が多いので、結果的に半分動物園みたいになっていることもある。それも楽しい。
例えば「みとしー」には定番のアザラシやアシカ、イルカなどに加えて、フラミンゴやコツメカワウソがいたりする。そういえばオーストラリアはシドニーの水族館なんて、カンガルーとコアラは当たり前のようにいた(ただしコアラは抱っこするとものすごい額のお金をとられ、感ガルはやる気なく足を放り投げて寝ころんでいた)。どこも工夫しているのだな、なんて思うと面白い。
結構水族館もいろいろ工夫をしているわけだ。展示方法とか、ショーの内容とか、展示する魚の種類とか。

そう言う意味で、テーマがある水族館は面白い。
例えば、北海道千歳市の「サケのふるさと 千歳水族館」は名前の通りモロに鮭をメインに据えた造りの水族館で、建物の中から隣を流れる千歳川の川の中が覗けたりとけっこう面白い造りをしている。もちろん違う魚もいるけれど、結構な量が鮭に締められており、見ごたえ抜群である。
あと驚いたのは、鳥取県境港市にある「海とくらしの資料館」である。別名「水のない水族館」と言って、展示されている魚のすべてが剥製なのだ。剥製ばかりを4000点も集めた水族館。これは他に類を見ない。生き物は命がなくなれば色あせてしまうもの。ところがここでは色鮮やかに剥製として蘇っている。


こうやって各地にいろいろ特長のある水族館があると、ますます行ってみたくなってしまうものである。年間パスポートが妙にお得なところもあるので、地元以外のところでも複数回いけそうならば思い切って買ってみようか、とさえ思ってもる。新しく水族館に詩を踏み入れるのもいいし、何度も通ってみるのもいい。どこも同じようでどこも同じではないし、いつも同じようでいつも同じではない。時間を忘れて、水の世界へ。いい気分転換になるものだ。

鯖瓶

鮭フレークではなく、鯖フレークと言うのがある。鮭フレークの鯖版だと思ってもらって差し支えない。塩鯖をほぐして瓶に詰めたような至ってシンプルな食べ物である。
こいつがとても美味い。ご飯にかけて食べるととても美味い。美味いし、たんぱく質を取れるし、例えば朝ご飯なんかの時にはサクッと食べられるので重宝している。
塩気はもちろん、適度に油分が含まれているのがポイントだ。パサパサになりきっておらず、適度にしっとりしている。これがご飯とよく合うのだ。
世の中のほとんどが鮭フレークであるから、鯖フレークと言うのはなかなか見つからないのがまだ残念なところ。我が家の近くのスーパーではヘビーユーザーが他にもいるのか、目立ちはしないが必ず在庫が補充されている状態だ。期限やロットが変わっているのを確認済なのでちゃんと仕入れが回っている。ありがたい事だ。
塩鯖のフレークが出回っているのを見かけたらぜひ買ってみて欲しい。気に入らなければ開封住みでも構わないので私が引き取ろう。それくらいの気持ちである。

そんな鯖フレークにすっかりハマっている私だが、小さいときは鯖が苦手だった。唯一好きだったのは鯖の押し寿司。いわゆるバッテラ。何故好きかと言えば、鯖独特の臭みがないからだろう。他の青魚は問題ないどころか、鯵や秋刀魚、鰯なんかは大好きだったので、なぜかあの鯖の感じだけが苦手だった。鯖の味噌煮なんてご飯のおかずとしてすごく美味しいものだけれど、小さい頃は鯖味噌の出てくる日は憂鬱な日と決まっている程だった。「鯖臭さ」以上にあの青い感じが苦手だったのだろう。
鯖と言うのは血合いの濃い魚だ。言われてみれば、〆鯖なんかの断面は結構茶色い部分が大きい。あれが血合いだ。だから鯖は他の青魚に比べても格段に「足が速い」。生食できる鯖と言うのはとても新鮮なものである証拠である。だから〆鯖にしたりして比較的な間に近い状態で食べようとしたり、臭みをとるために味噌煮にしたりと、工夫して食されているわけである。

だが図らずもこの私、バッテラ以外で鯖が美味しいと気が付いたのは何と塩鯖であった。我が家の焼き魚と言えば、鯵の干物と塩鮭の半々であったからか、塩鯖は食べたことがなかったのである。それがまあ、外食の時にたまたま食べた鯖が美味しくてびっくり。塩鯖だけじゃない。みりん干しなんかも結構いける。もちろんバッテラは今も昔も変わらず大好きだ。よく考えたら奈良とかでよく食べられている「柿の葉寿司」だって鯖が一番美味い(と思っているし実際鮭より鯖の方が古い)。鯖ってこんなに美味いのか! と、たまげたところに鯖フレークの登場ですっかりとりこになってしまったというわけだ。

珍味はご飯が進むがいかんせん栄養価的には不安の残る物が多い。というか少量かければ大量に白米の進むものが多いからだ。
その辺と比べれば鯖フレークはどちらかと言えば納豆とか卵側。一応栄養のある方に分けてもいいんじゃないかな。
と、自分に言い聞かせて今日も鯖フレークをかけて食べるのです。

過去記事救済企画

読んで字のごとく、これまでになんやかんや78件も記事があるわけだが、その中には全くアクセスがなくつまりほぼ誰にも読まれていないような記事がある。

というかほぼ全部がそうだ。誰も読んでいない。

当たり前である。どこにも宣伝なり拡散なりしていなかったのだから。もっと言えば、このはてなブログについてる便利な機能のほとんどは使われていないので、例えば検索に引っかかるようにタグ付けするとか、そんな事は全くされていないわけである。

いったい何なんだ、と思うかもしれないけれど、まあなんか、特に理由はないのだ。こんなに続くとは思っていなかったし。

 

だがまあ、駄文をこうも大量生産してきたけれど、それなりに救済したい企画も出てくるわけで。

ということで、この機会にいくつかピックアップしてみたいと思う。

 

fwbc0416.hatenablog.com

ビジネスホテルへの愛を語った日。でもまあ言うほど語っていない。その証拠に、その翌月にこんな記事を書いている。 

fwbc0416.hatenablog.com

余談だが、私は最近泊まったビジネスホテルで初めて「ビジネスで泊まるビジネスホテルの呪いから解放されたなぁ」と思う事ができた。

どういうことか。

仕事で泊まる必要がなくなってからも、どうもビジネスホテルになじめないというか、あの辛い仕事を思い出してしまうのか、いまいち好きだったビジネスホテルが思い出せずにいたのである。

仕事の反動で、どうも朝起きても部屋から出るのが面倒くさかったり(仕事なら早起きしてまず部屋で仕事をして、その後は朝食は食べれずすぐに営業に出かけていた。ホテルで上司の電話受けると音でばれるから嫌だったのもある)して、なんかもう、好きだったのになぁどうしてかなぁ、の気持ちである。

その呪縛にとらわれていた頃の、ある意味幻想を追いかけて書いた文章である。

 

fwbc0416.hatenablog.com

これは苦行の話。苦行だけど、でも鯵は美味しかった。そういう話。

見えてる地雷を踏みに行って見事に大爆発したけれど、ちゃんと宝物も眠ってたよ良かったね! って事なのかな。

この日は波が高すぎて、気持ち悪くて鯵を食べずに帰った人もいたのに、一番ひどく酔っていたのに食い意地を張って残った私のさもしさたるや。

病人のようだったのに陸に上がれば1番元気なんだから良くないよね。

ノンフィクション。

 

fwbc0416.hatenablog.com

 これはタイトルそのままの話。

 

fwbc0416.hatenablog.com

 これも愛を語る系の話。

元の文章をwordで書いているので、しっかり1字下がっている。

 

fwbc0416.hatenablog.com

 リアルな話。この店、最近また復活しててびっくりした。でも人、入ってるのかな……? 余計なお世話か。

 

とまあこんな感じで5つも紹介してしまったので、まあ少しでも救済できればな、と思うわけです。

塩辛あれこれ

塩辛って美味いよね。なんてことは言わなくたって誰もが知っていると思う。もちろん広く知れ渡って入るものの、珍味である事には違いない。万人受けと言うよりはやはり人を選ぶのは間違いない。
私としては別段それは構わないし、むしろ好きな人が過剰に増えても、万が一需要の高まりのせいで供給できなくなってしまったりしたら嫌だ、くらい心の狭い事を言ってみたくなったりもする。まあそれは冗談だけど。
塩辛と言っても、それに類するものは結構多様だ。一番メジャーというか、たぶんほとんどの人が想像するのがイカの塩辛だろう。なんといってもご飯のお供(友)。これがあればとにかくご飯が食べられる。塩辛いのは塩辛いのだけれど、これでも結構いろいろな味があって、本当に塩気の強いものもあれば、甘みのあるマイルドな物まであったり、けっこうピリ辛になるように唐辛子が多かったり、さらにはホタルイカのような小ぶりのイカまるごと使っていたりとほんとにまあ多種多様だ。そしてどれもだいたい外さない。
申し訳ないがたまに生臭く味が微妙なものも存在はするが、次から買わないようにすればいいか、と言うくらいにはイカの塩辛と言うのはいろいろなものがあるので許せてしまう。さらに言えば、これしかない! これだ! この味が食べたかったんだ! なんてものが、複数存在するから良い。「これしかない」がいろんな種類あるのだからそれはもう最高だ。

自分の人生で一番美味いと思った塩辛は、函館のホテルの朝食バイキングに置いてあった何気ない塩辛だ。私にしては珍しくちょっといいホテル(函館観光国際ホテル)に泊まったわけだが、塩辛がびっくりするほど美味くて朝からご飯をお代わりしてしまった。イクラ乗せ放題も良かったのだが、それを上回るくらい塩辛が美味かった。
ホテル朝食の時もそうだったが、函館あたりではふかしたジャガイモに載せて食べたりもする。じゃがバターに塩辛を足すわけだ。不味いわけがない。函館に行くと美味い物が多すぎて太る。

話が大きく脱線したが、とにかくイカの塩辛と言うのは、大当たりと当たり、そして少々のはずれがあるものの、大当たりに出会えればずっと良い思いができること間違いなしの素晴らしいご飯のお供であるわけだ。

イカ以外の塩辛と言えば、有名なのはカツオやマグロあたりだろうか。身ではなく、内臓を使っているもので、その多くは「酒盗」と呼ばれるものである。これは、この塩辛があればいくらでも、それこそ盗まれるように酒がなくなっていくことからこの名前が付けられている。
当然、ご飯にも合う。一般的なイカの塩辛に対して、こちらは塩分はより濃く、また調味に酒が使われていることが多いため、より「珍味」感の強いものだ。高知や鹿児島あたりが有名だけれど、個人的には西伊豆の田子というところで売っている鰹の塩辛が一番好きだ。田子やあるいは土肥あたりでよく食べられている「塩鰹」を作る際に大量に鰹を扱うことから、田子では塩辛作りが盛んなわけである。高知や鹿児島も鰹節や鰹のたたきなんかが有名だし、きっと同じような理由で作られたのだろう。

好みもあるが、酒盗はご飯もそうだが日本酒との相性が抜群に良い。西伊豆方面に旅行に行けば大抵夕飯に出てくると思うので、是非日本酒と白米と共に楽しもう。


塩辛というと上記のようなイカ、あるいは酒盗のイメージだが、案外意識せずに食べているものも結構ある。一つはタコ。あの「たこわさ」なんてのは塩辛の一種だ。あとはキムチに使われているアミの塩辛(オキアミとかの仲間を使う)なんかも知らずに食べている。

塩辛は保存食であり、カツオあたりの塩辛は結構常温でも扱っているのだが、イカの塩辛は要冷蔵なので買う時は注意しよう。
真夏に田子で塩辛を買ったら、おばあちゃんが凍ったペットボトルをくれて保冷剤が割にしてくれた。ありがとう。お腹壊さずに済みました。

 

写真、カメラ


ここ数年で、携帯電話に搭載されているカメラの性能はかなり上がったと思う。正直昔使っていたデジカメなんかでは太刀打ちができないほどだ。
デジカメは手軽さが売りの一つだった。手軽でそれなりの画質の写真が撮れる。携帯電話、それもガラケーの時代は画質というのはあまり重視されていなかったから、デジカメの手軽でそれなりの画質と言うのは重宝されていたんだと思う。ところがスマホで写真を撮るのは手軽でかつ画質もいい。そうするとなかなかデジカメの出番は来なくなるというわけだ。
そういうわけで最近は一眼レフタイプのカメラが人気だという。高画質かつスマホでは撮れないようなぼかしの入った写真などいろいろ要素はあるが、言ってみればプロ並みの写真をとることができる事が人気の要因なのかもしれない(そしてそういった写真は「映え」る)。

私もカメラには興味がないわけではなかった。むしろ、旅行をすれば積極的に写真は撮るし、数年前まではそれこそデジカメを構えて旅をしたものだった。
ところがまあ最近はスマホでいいか、と考えてスマホで写真をせっせと取ってしまったいるわけである。そのままSNS等投稿できるし便利だな、と。

カメラはだいたい高額なのである。とにかく高い。数万で買えればまあ良いものの、スマホの性能よりも格段に良くて、なんて条件を付けると十万弱は掛ってしまったりする。そこになかなか踏ん切りが付かないでいるわけだ。

ただ欲しいものは欲しい。旅行先で写真を取ろうと思った時、思うように撮れないことがそれなりにある。特に植物。小さな画面上で見る分にはそれなりだが、拡大してみるとかなり粗かったりする。作る予定はないが何かの表紙などに採用するのに耐えうる仕様ではさすがにない。

レンズ等極めるつもりもないし、それなりに撮れればいいなぁといった中途半端な欲求のため、ものすごく性能のいいものを買っても持ち腐れになってしまう懸念もある。二の足を踏んでいるのだが、しばらくしてボーナスなんかで大きく収入があれば買おうかな、なんて考えているわけである。
ただまあPCが先にオシャカになりそうなのでそちらが先かな、なんて考えたりも。
性能のいいPCを買って、高いスペックが要求される「A列車で行こう」を買うのが夢であるが、そんな事を言っているからカメラがいつまでたっても買えないのである。

ところで、私が普段使っているのスマホはiPhone7なのだが、7Plusとか8とかXとかそういう新しいもののカメラには「ポートレート」と呼ばれる機能が付いているらしい。背景がぼかせる機能だって? なんだそれ、使ってみたい。

カメラを買うのが先か、機種変更が先か。あるいは両方手に入れるか。
カメラを手に入れれば一人旅がはかどること間違いなしなので、その時の状況によるのかな。