言葉のリハビリ場

特にテーマはなく、ざっくばらんに書いています

「交通費」の1000円は高いが「旅費」の1万円は安い問題

 

1月は割と節約気味の月だった。というのも、昨年末に決済された諸々の支払額が思いの外大きく、そのせいで大赤字になってしまっていたからだ。
事前に支払っておかなければいけないものとその場で支払ったもの、この両方が同時に発生したことにより想定外の支出を生み出し赤字になってしまったわけである。AmazonでBDを買ったとかそういう「その場で発生する決済」はわかりやすいのだけれど、舞台やライブなどの抽選に当たった瞬間に発生する決済はなかなかタイミングが読みづらかったり、忘れていたりして面倒なものだけれど、今回も見事にそれにやられてしまったわけだ。
まあこればっかりは仕方ない。未来の自分へのプレゼントだと思って粛々と支払いを行うのみである。

しかしまあそうなってくると、日々の生活に使っているお金のことをちゃんと考えるようになる。いかにどんぶり勘定でお金を使っているか、ということがよくわかってくるものだ。
最たるものは旅費である。「旅行代金として考えると安い」というシチュエーションは実のところ結構あるものだ。例えば、北海道往復飛行機代とホテル2連泊で3万4千円……と聞くと、なんだかこれは結構安いような気がしてしまう。もっと高いタイミングがあるからというのが最たる理由なのだけれど、あくまでこれは「北海道への旅行代金として考えると安い」というだけのことである。

私はそれをよく忘れる。

翻って、妙に高く感じるのは旅費ではないちょっとした交通費である。
先週、イベントがあって家から1時間半くらい電車に乗って出かけていったのだが、片道千円もかかってびっくりした。往復2千円である。これはなかなか高額だ。高額に感じるものだ。
さっきICカードにチャージしたばっかりなのに、もう残額が底をつきそうだという事実にちょっと気持ちが沈んだりしたほどだ。確かに高いのは高いわけだが、飛行機や新幹線にのって旅行に出かけるのと比べればだいぶ額は小さい。
旅費とただの交通費を単純に同列で考えてはいけないのはわかっているが、それにしたって飛ばしている金額を考えたらもう少し旅行に対するお金の使い方を考えないといけないなと反省した。

まあただ旅行に関しては変にお金を削るのは却ってよくない結果を生むこともある。特に時間面。在来線を乗り継いで安く出かけるのも一興ではあるが、新幹線に乗っていくのとではだいぶ所要時間に差がある。結果として安く済むというのと、安く済ませるために我慢をする、というのは別物だ。まあその努力というか、試行錯誤が面白かったりもするのだけれど、それは好きでやっているのだからいい。0泊3日で夜通し車に乗って出かけるとか、面白いからね。わけわからない行為ではあるけれど、安く済むし面白いからそういう企画に乗っかるわけで、それは別に何か深く我慢をしてるとか渋々行っているとかではない。
そういう意味でただの交通費というのは必要経費として渋々出しているからこそ「こんなにかかった」と値段が高いことが気になるんだろうな。

ちなみに私が一番好きなのは、「半年前に決済の航空券」である。もうすでにクレジットカードでの請求によってお金は払っていて、あとはただ飛行機に乗るだけ、という状態が一番楽しい。ついでにパッケージなんかでホテル代まで払ってあったら最高だ。予約済支払済の項目が多ければ多いほど嬉しくなる。過去の自分に感謝をするわけだ。
逆に、クレジットカードでそういったものを決済して支払う時は額がそれなりに大きいから、請求を見てちょっとげんなりするわけである。まあげんなりした記憶を覚えているからこそ、権利を行使するときの嬉しさが増すようなところはあるけどね。
仮に検証とかビンゴ大会とかで旅行の権利を手に入れたりしたらどんな気持ちになるんだろうな。当たったことがないからわからない。げんなりしたり苦労したりせずに手に入れるわけだけれど、嬉しいものだろうか。
まあやっぱ嬉しいだろうな。原資がかかっていない分、純粋に嬉しいだろう。
だからとりあえず、こういうのなんか当たったりしないもんかな。