言葉のリハビリ場

特にテーマはなく、ざっくばらんに書いています

花粉の残り物

冬物というか秋物のちょっと厚手の上着を出した時のことを反省して、冬物のコートは一日外に出しておくことにした。秋物を出して軽く外で払った後に着てみたらば、春の花粉が残っていたらしく1日中花粉全盛期の時と同じような鼻炎症状に悩まされることになったからである。同じ轍は踏みたくないので、今度は丸一日外にさらしておいて、それでさらに粘着カーペットクリーナー(コロコロ)で念入りに取り払ってしまうという算段である。
しかしまあ、それでもまだ不安は不安である。幸いというかなんというか、外出する際は常にマスクをしているので問題ないものの、コートは結局屋内にも入れるものだから、持ち運ぶと結局身体に残ってしまうのではないか、という懸念はあるのだ。できる限り花粉を取り払ったとしても、残念ながら私の身体は少しの花粉でも反応してしまうことはわかっているので、使う前にこうして何とか抵抗を試みているわけである。
春にしまうときにも一応払ってからしまっているのに、残存花粉というのはどこに潜んでいるのか、まあしっかりと夏を超えてやってくるのである。
しかしながら不思議なこともあって、それは2月前半あたりのスギ花粉の飛び始めあたりは全然症状が出ないということだ。飛散量が少ないということもあるが、ある程度溜まってきてそれからコップの水があふれるように一気に決壊していくような過程をたどるのである。2月の頭頃から耳鼻科に行って薬を飲むようにしているからなのかもしれない。アレルギーの薬は偉大である。
そういう意味では、この時期は特にアレルギーの薬を常に服用しているということはないわけで、春の花粉の残り物でも一瞬で爆発してしまうのかもしれない。小青竜湯あたりでお茶を濁しているけれど、本当は(継続して飲まないと効きにくいとしても)アレルギーの薬を少し飲んだ方がいいのかな、とも思いつつある。冬や春に使っていた複、それも上着関連は必ずこういうことが起こるから。

今年は、というか向こうしばらくは、外出する時はマスクをし続ける生活になるだろう。これは案外、自己防衛のためには有効である。普段、冬になるとインフルエンザ予防ということでマスクを付けて通勤したりするわけだけれど、マスクの付け始めというか習慣がない時は結構煩わしいものなのである。忘れてしまったけれどまあ今日はいいか、などとやっているとあっという間に感染する。1月の私のことだ。12月体調が微妙だった日もあってマスクをしていることが多かったのに、1月になって自分のマスクの在庫が切れたこともあって2,3日マスクをしない日があった。そしてその数日後見事にインフルエンザになった。ついでに結膜炎にもなった(眼鏡してるのに特に関係なかった)。
幸いにして今年はマスクを外す用事もなく、煩わしいとか以前にもう習慣になっているのでずっとマスク生活だろう。自分が忘れてしまうとか煩わしく思うとかそういうことがない分、ある程度リスクは抑えられるといいな、と思っている。このままいつの間にか花粉の季節が来ても問題はないわけだ。

だからこそ、上着類に付いている花粉は何とかしておきたい。洗濯できるものはしてしまって、そうでないものはとりあえず外に出して。
もしかしてこれって、クリーニングとかに出せば一発なのか? でもな、スーツとかコートとかってしまう前にクリーニング出してるんだよな。