言葉のリハビリ場

特にテーマはなく、ざっくばらんに書いています

夜、窓の外の音


昼間セミがミンミンと威勢よく鳴いているのを聞くと実に夏だなと思うけれど、夜、涼しい日に鈴虫が静かに鳴いているのを聞くとなんだか秋になったような気がしてくるものだ。涼しげな感じがするというよりは、実際涼しい。涼しいからこそ、鈴虫やあるいはコオロギだろうか。そのあたりの虫の鳴き声が聞こえてくる。昼間ももしかしたら気づかないところで、例えば涼しい草むらとかで鳴いているのかもしれない。ミンミンゼミとアブラゼミと、ツクツクホーシとがすごくうるさくやかましく鳴いているから気づかないだけなのかもしれない。
朝、家を出るとき、セミが鳴いているのを聞くと今日も一日暑いなと思わされる。これは真夏の特権だ。青い空に白い雲。耳に飛び込むセミの声。実に夏である。元気があるような、そんなイメージだ。もっとも聞かされるほうはもう家を出た瞬間から暑さでげんなりしているから元気なんて出ないんだけれど、まあそれもまた夏である。

初夏、まだ夜が暑くなりきらない頃に鳴いているヒグラシの声が好きだ。今年はあまり聞かなかった。急に暑くなったり、その前はずっと涼しいだけだったからかもしれない。夕方涼しくなってくると聞こえるヒグラシの声はどこか哀愁を感じるものである。真夜中、窓を開けて寝ていると不意に聞こえてくるようなヒグラシの声も良い。ミンミンゼミなどのセミたちは実に輪唱、輪唱、輪唱であるけれど、ヒグラシはあの独唱なのがなんともさみしさを駆り立てる。
ヒグラシが鳴いているともうすぐ夏か、もう夏か、なんて思うのに、いつの間にか真夏になるとその声は聴けなくなって、代わりに鈴虫やコオロギのような夏よりも秋な虫たちの声が聞こえてくる。彼らの声色も少し寂しさはあるけれど、ヒグラシよりももう少し明るい声色だと思う。ヒグラシはなにかこれから終わっていくようなさみしさで、鈴虫やコオロギは夏の合間の一休みのような、ちょっと休憩のような、そんなものを感じるのだ。

今週の頭はずいぶんと夜が涼しかったので、久しぶりに窓を開けて寝た。いつもと違う、いろんな音がした。クーラーをつけた部屋の中にいると、案外クーラーの送風の音というのはうるさいものなんだと気づかされる。外の音がよく聞こえるんだ。虫の音はもちろんそうだけれど、砂利だらけの駐車場に車が入ってくる時の音も、なんだか家で聞くのは久々な気さえしてしまう。案外サイドブレーキを引く音っていうのは響いているもんだね。車の中だとリバースに入れたときの警告音のほうがよっぽど大きく聞こえるけれど、外から聞くと圧倒的にサイドブレーキの音がはっきりと聞こえるものである。

きっと静かな夜だからこそ、なんだろうけどね。
おやすみなさい。