言葉のリハビリ場

特にテーマはなく、ざっくばらんに書いています

人身事故で電車が止まった日

通勤時間真っただ中に、いつも使っている電車が人身事故で運転見合わせになった。運転再開見込みは50分後。何でもない暇を持て余しているような、遅刻している誰かをぼんやり待っている時のような、そんな50分ではない。朝の50分はものすごい価値のある50分だ。当然50分も待っていたら始業なんて間に合うわけもない。

幸いなことに、駅に着いたばかりだったのですぐに別の路線で迂回して会社に向かうことにした。電車が運転見合わせになると定期や切符の圏外の経路でも乗ることができる。振り替え輸送というやつである。

でもまあ考えてみて欲しい。通勤時に選ぶ経路なんてだいたい最短経路だ。少なくとも私はそうで、最短経路から外れると15分は余計にかかる。運転見合わせ時に迂回路線に乗客が集中すればそこからさらに何分の遅れが発生するかわからない不明瞭さもある。そもそも混んでいて電車は来ても乗れない可能性だってある。振り替え輸送は万能じゃない。
だから運転見合わせ時のリスクというのはそれなりに高い。ついでに言うともともと混雑の激しい路線の最も混雑する区間を利用しているため、乗っている最中に運転見合わせになるなどのアクシデントがあればもう目も当てられない地獄である。スマホですら操作できるか怪しい混雑も15分くらいならばまあなんとかなるけれど、50分、1時間それ以上となれば想像したくない。
それでもその路線に乗るのは早くて便利だからだ。朝の15分だって貴重である。起きる時間を15分早くしようと思ったら結構大変というか、嫌なものである。

始業時刻にはもちろん間に合うように家を出ているし、10分くらいまでの遅延ならばまあぎりぎりなんとかなるくらいの時間には到着しているけれど、さすがに30分とかは考慮していない。

その日も運転再開見込みは50分後。迂回路線は普通に行っても15分プラス。振り替え輸送で迂回路線を利用して向かうことにしたものの、さすがに遅刻を覚悟した。

会社の人に遅刻の連絡をして電車に乗り込む。乗り込むというか、もうなんか無理やり押し込められるように身体を電車のドアの枠内に収める。私より後に乗ろうとした人がぐいぐい押してくれたから、ちゃんと身体が車両内に収まった。

スマホも触れないほどの混雑。圧迫されて若干息苦しい。眼鏡も湿気で曇っている。自分の意思で動くことはほとんど出来ない。逆にもう揺れとかでバランスを崩すとかですらないので、身体の位置は安定している。面白いけど全く面白くない。同じ車両の誰もがこの空間を嫌なものだと思っている。別の車両だってたぶんそう。だけど誰も何も言わない。一言も何も発さない。
そうして次の駅に着くまでは密室すし詰め状態は続く。

何もかも振り替え輸送が悪いのだ。何もかも通勤ラッシュなんてものがあるから悪いのだ。その時間の通勤を命じてくる会社が悪いのだ。


目を閉じて駅間をやり過ごして、駅に着いたら雪崩のようにホームに吐き出される。そこが目的の駅でなければまたすし詰めの中に戻る。駅に着いたらまた繰り返し。

いつの間にか会社の最寄り駅に到着する。いつも使う路線と違って、会社の最寄りの改札近くで下ろされる。普通に歩いて向かったら、うっかり始業時間に間に合ってしまった。

「すみません、なんか、間に合いました」
「何だよそれ」

私にもよくわからないけれど、間に合ったのでとりあえず笑っておいた。