言葉のリハビリ場

特にテーマはなく、ざっくばらんに書いています

弁当屋の思い出

学生時代、行きつけにしていた弁当屋があった。学生時代と言っても、大学生の時の、それもアルバイトをしていた時の話である。

その店はアルバイト先から歩いて2分くらいの至近距離にある、唐揚げ屋だった。アルバイトの休憩時間は勤務時間によってまちまちだったけど、たいて昼は45分、夜の時は1時間。店に行って食べることもあったけれど、弁当を買ってバイト先の休憩スペースで食べる事の方が多かったので、結構な頻度で弁当を買って食べていた。

唐揚げ屋の弁当だったけど、一番好きだったのは竜田揚げ弁当だった。竜田揚げそのものに甘辛いタレが絡めてあったのでそれだけでも美味しいのだが、私はいつも50円くらい追加でタルタルソースを付けてもらっていた。手作りのタルタルソースがとても美味しかったからだ。それで確か600円くらい。唐揚げ弁当の500円には敵わないものの、十分安い。
安くておいしくて、そこそこ早く出てきたのですごく重宝していた。あまりにも通いすぎたせいで、行くだけで「竜田揚げ弁当タルタル付きね?」と言われるようになった。嬉しかったけど、おかげで別の時「あ、いや、ミックス弁当で」と言った時に驚かれてしまったのはちょっと笑った。向こうも笑ってた。


唐揚げ屋の人たちはありがたいことにアルバイト先に備品とかの買い出しに来てくれていたので、私が同じ商店街で働いている事は知っていたようだ。
同じ商店街で働く仲間みたいに思ってくれていたんだろうか。たまに、ちょっとした雑談なんかをしたこともあった。
今日は店が混んでますか、いえいえそこそこですね、もうすぐお祭りですね、うち屋台出すんですよ、じゃあもっと忙しくなりますね、みたいな。弁当を注文してから受け取るまでのちょっとした時間だったけど、何度か言葉を交わすことがあった。話しながら、竜田揚げ弁当には入っていないはずの唐揚げをおまけで付けてもらったこともある。
あの街で生活した時間には、あの唐揚げ屋が欠かさずあった。


私は大学生だったので、アルバイトは大学を卒業すると同時に退職することになった。
アルバイトの終わりは同時に、竜田揚げ弁当との別れでもある。3年と5か月ちょっと働いていたから、弁当を食べていた期間もだいたいそれくらいの期間だ。途中、とんかつ弁当を買いに行った時や、ラーメンを食べに行ったとき、牛丼を食べたとき、そういう時もあったけど、戻ってくるのはいつもあの唐揚げ屋の竜田揚げ弁当、タルタルソース付きだった。

アルバイト最終日、私はいつものように弁当を買いに行った。「竜田揚げ弁当、タルタル付きで」と頼んで、弁当を待つ。その日はいつもより注文が立て込んでいたようで、お店の人はとてもバタバタしていた。
「ごめんね、ちょっと時間貰える?」
「いいですよ、コンビニに寄ってからまた来ますね」
そんなやり取りをしたのはなんとなく覚えている。本当は「今日であのお店で働くの最後なんですよ」とかそういうことを言った方が良いんだろうかって、そう思っていたんだけど、特に何も言うことができずに終わってしまった。いつものように私はアルバイト先の休憩スペースで弁当を食べた。
いつもと違ったのは、その日、ロッカーの中を空っぽにしてから家に帰った事だけだった。


あの日以来、あの竜田揚げ弁当は食べていない。近くに行く事はあったけど、弁当を買うようなことはもうなかった。
数年たった今でもあの店はちゃんとあるらしい。今でもあの竜田揚げ弁当を出しているのだろうか。タルタルソース、最初はメニューに載ってたけど、いつの間にかなくなったんだよな。それでも注文すればちゃんと冷蔵庫にあったんだよな。今でもそうなのかな。

あの「おやじの唐揚げ」がまた、食べたい。
またあの味が食べられるんだろうか。