言葉のリハビリ場

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夏の桜並木の魅力

暑い夏には日陰が必要だ。外出先には日陰が少ない。であるからこそ日陰を生み出してくれる並木道の存在は貴重である。
夏の桜並木は、緑に包まれている。必然、日陰が多い。桜の花が咲く頃にちょうど良い間隔で植えられているからか、夏の盛りにはかなりの密度で葉が日陰を作ってくれる。いくら高温多湿であっても、日射が遮られているというのはこんなにも快適であるかと思ってしまうわけである。風通しが良ければなおのこと良い。日向では熱風と感じられても、日陰であれば涼しく感じられる事が多いからだ。
もちろん、桜並木に限ったことではない。しかし例えばどうだろう、銀杏並木ではこうはいかない。銀杏であれば枝葉を広げすぎることはなく、むしろ樹高に振り当てられる。密集した並木道の形成は広葉樹であればこその事である。
かと言って、他の広葉樹で大規模な並木道が作られることは稀である。桜、この場合はソメイヨシノであるが、春先の開花時期には葉がまだ生えてこない事も景観の上で「一面の桜並木」を作り出すのに貢献しているわけだから、並木として作るのに適当だ。故に多く育て並木道を作り出しているのだろう。春は花、そして新緑。夏になれば若葉というよりはしっかりと生い茂った緑。そして秋になれば葉は色づき、赤や黄色となって散っていく。この落ち葉の姿もまた美しいものだ。
おかげで夏は日陰として重宝する。桜並木は当たり前だが多くの場合歩くための道であり、外出先でいつも日陰を定期してくれる存在であるわけだ。

青々と生い茂る夏の桜並木は、景観としても良い。桜のあの薄桃色の花が高揚感をもたらすとすれば、緑はどこか癒される存在である。暑さで辟易として早くどこかへ入りたいと思いながらも、並木道の存在は流れる時間を少しばかりゆっくりにしてくれる効果があるように思えてならない。日陰だけでなく、あの日陰を所々で割り入ってくる木漏れ日の存在もまた良いものだ。影の輪郭を浮かび上がらせるように地面に映る光があれば、見上げた時に葉から透けて見える光もまた良し。風でそれらが揺れ動くさまもなかなかに風流だ。

 

惜しむらくはこの暑さ。暑すぎてそこまでたどり着くまでに酷く辛い思いをしなければならない事だ。