言葉のリハビリ場

特にテーマはなく、ざっくばらんに書いています

自炊の話


炊き込みご飯が食べたい、と思っている。日曜日の朝に炊き込みご飯系のおにぎりをコンビニで買って食べたのだけれど、食べながら思ってしまった。家で作った炊き込みご飯が食べたいな、と。
炊き込みご飯を作ること自体は難しいことではない。むしろ簡単だ。具材を全部入れた状態でご飯を炊くだけ。工夫とかは特にない。だいたい美味しくできる。でも一つだけ落とし穴がある。それは用意してから炊き始めるまで放置できないということだ。この時期くらいになるともう食中毒が怖いのだ。現に私は先週食中毒的な症状で1日会社を休んだりしたばかりなわけで、。
夜に用意して朝炊けるようにするというのが使えないだけで、だいぶ面倒くさい。じゃあちゃんと食べる前の時間に合わせて用意して炊けって? まあそうなんだけどさ、それは。例えば在宅勤務の日にちょちょっと時間を作ってご飯の用意をする、そこまで難しいことではない。難しいことではないけれど、できないこともある。というかできない場合が多い。普通にサボりだし。あとまあできるけれど面倒くさいんだ、本当に。やってもいいけど面倒くさい、というのはつまりやりたくないということである。誰かに頼まれてするならば別だが、自分の為となるとそれはもう頑張る理由があまり思い浮かばない。最高なご飯のおかずを手に入れたとかそういう時ですら、腰はかなり重い。強い意志を持って、ご飯を炊くぞ! と思わない限りはなかなかできないものだ。私の場合。
そういう意味じゃ朝起きたらご飯が自動で炊けている状態というのは、やる気にかかわらずもう目の前に炊けているご飯があるのでそれをどうにかしないという状況が私を無理やり動かすのでギリギリ成立するのだ。朝3食分ご飯を炊いて炊き立ては適当に1食食べ、昼に具沢山の味噌汁を2食分作り昼夜で消費する、そういうのは白米なら成立させられる最も簡単な在宅時の自炊である。ここがかなりギリギリのライン。たまに変にやる気のあるときは昼のおかずにフライパンを使うなどのエクストラ工程が見られる場合があるが、よほど条件がそろった時だけだろう。少なくともここ3ヶ月はない。午後がそんなに忙しくないとわかっている時だけだろう、少なくとも。
まあでもさ、本当は、本当は余裕のある暮らしをしたいのだ。朝9時始業ならば7時に起きて朝食を用意し、8時に食べて半くらいから仕事の用意をする……みたいなそういう、そういう素晴らしい朝から迎えてみたいわけだ。7時に起きて8時に朝食なら理屈上は炊き込みご飯をそこから作ろうと全く問題ない。でも現実は7時10分に目覚ましが鳴って半過ぎまではダラダラスマホを見て、そこから20分くらいトイレに籠って、そしてようやく前の日の夜に買ったおにぎりとかを適当に食べる朝食が関の山だ。この朝食のところが稀に朝炊けるようにセットしたご飯ということになるわけだが、これが可能なのは上記スケジュールに炊飯器の釜を洗うとかの工程しか増えないからだ。私が7時ぴったりから活動しようと思ったら6時台に起きねばならないが、そこを頑張るだけのものは持っていない。
いやまあなんか、かつてはそういう時もあったんだよな。一昨年とかは、朝起きたら朝食と昼ご飯用の弁当を作ったりしていた。前日の夜に炊いたご飯を詰めて、おかずを適当に放り込むだけでということになるかもしれないが、時には朝からちゃんとフライパンを出して肉を炒めたりしていたのだ。あの時はフルリモートで仕事をしていたから成立していた。通勤がないというのは時間に余裕ができるということなので、19時まで仕事をしていても終業即夕飯が作り始められるというのはそう悪くない環境だった。

あの頃のやる気は今はない。面倒くさいが勝ってしまう。
だから今、炊き込みご飯が食べたいな、などと思ってもそうそう実行に移せる日もなければ頑張る気もないため、しばらく食べることはないんだろうな、と思ってしまう。
まあでもあれか、炊き込みじゃなくて混ぜ込み系のご飯ならいいのか。炊きあがった後に具材を入れて混ぜるやつ。あれならとりあえず白米を炊いておけばいいんだもんな。明日在宅の日だからとりあえず今日この後ご飯を研いでセットしておこうと思うけれど、明日朝起きて頭が痛いとかなければ久々に具材入りのご飯が家で食べられるかもしれない。前の日の自分からの置き土産、それが一番自分を動かしやすいものだから。