言葉のリハビリ場

特にテーマはなく、ざっくばらんに書いています

飛沫防止対策いろいろ

正月に大きな神社に初詣に行ったら、ちょうど中で祈祷をしているところだった。一番前に立った神職の人が何やら祈祷をしているところで、何か長いものを持っていたから榊か何かかなと思ってよくよく見るとそれはマイクだった。自撮り棒よろしく突き出たマイクに向かって話をしているようだった。

そのおかげで外にいる私のところまでなんとなく声が漏れ聞こえているような状態だった。


コロナ以前は特にそんな取り組みをしていなかったように思えるので割と最近の仕様なのだろうけれど、神前でマイクが突き出されている光景はなかなかどうも面白いものだ。見慣れはしないがなかなか合理的だな、とも思う。

いろいろしきたりだとか禁制事項のようなものもあるのだろうけれど、特に問題ないとして実施されているのもまたちょっとおもしろい。


まあでも神社ではなくお寺とかでも、最近は結構マイクを使っていろいろ話してくれたりするものだ。お経の意味だったり、ちょっとした仏教的な小話だったり。感染対策とか関係なく、そういったことをわかりやすくかつ聞き取りやすい形で話してくれるというのは、結構面白いものである。特にお経なんてのは基本的に聞いているだけでは言葉の意味が入ってこないので、解説があるとありがたいものだ。

マイクというと、最近ではレジにもついていることがある。感染対策の仕切りがあると声が聞き取りづらいということで、仕切り上にマイクとスピーカーが取り付けられているという代物をコンビニなどで見たことがある。定番のポイントカードの有無以外にもビニール袋の有料化等もあって、結構店員と客とでやり取りをするようなことは多い。お互い聞こえているようで聞こえていないということは多々あるのでマイクで補完してくれるのは助かるものだ。
一枚仕切りがあるだけで聞こえ方がずいぶん変わるのだな、というのはなかなか考えられなかったけれど、よく考えたらお金をやり取りする穴しか開いていないようなチケット売り場などでは大抵マイクとスピーカーが付いているし、同じようなものか。
マイクはなくとも定番の質問とかなら多少聞こえ方があいまいでも適当に答えられはする。ポイントカードは言われずとも出すし、袋についてもこちらから必要な時は声をかけることもできる。あとは決済方法なんかも、向こうが話しているときと被らなければ自然に伝えられる。ただなんだろう、それら以外の予想外のことを言われると、なかなか聞き取りづらい所はある。
例えば、非常に丁寧な店員の人に「ドライアイスは必要ですか」と聞かれた時。そもそもまず聞き取れない。聞き返して言葉はわかっても、一瞬意味が取れずに固まる。買い物の時にドライアイスが必要だという発想がなかったので、瞬時に結びつかなかったのだ。
聞こえるかどうかで言えば聞こえるけれど、イレギュラーなことに対して意味まで取れるかと言えばそれはわからない……となれば要するに「ちゃんと聞こえていない」ということなんだろうな。

まあそれにしたってあれだ、自分自身の耳が悪くなった、という可能性は大いにある。聞こえづらくなったのは世の中のせいではなくて、単に自分の耳の方が問題があったりなんかして。健康診断での聴力検査で異常が出たりしているわけではないけれど、特に鼻風邪や花粉症の時期は耳が詰まりやすいから、聞こえが悪くなったりもするものだ。
聞こえにくい、というのは音量よりもくぐもって聞こえるだとかそういうところにある。一度、耳の中を傷つけてしまった時に一気に耳鼻科で全部吸い取ってもらったことがあったけれど、あの開通した瞬間の音の変わり方はびっくりしたものだ。くぐもっていたものがなくなって、細かい音が聞こえるようになる。ただしよく聞こえるようになった分、開通後に残ったものを吸い取る機械の音も全部明瞭に聞こえてしまうので、あれはあれで辛かったけれど。
イヤホンを付けるような機会も増えたし、ほんとこれ以上耳が悪くならないことは願いたい。
それとは別に、いろいろなところにマイクがついて聞きやすくなるのはありがたいことだけどね。