言葉のリハビリ場

特にテーマはなく、ざっくばらんに書いています

どうやら丑の日


やけにうなぎの宣伝が多いなと思ったら、今日は丑の日だった。土用の丑の日である。
スーパーでやたらめったらうなぎが並んでいたと思ったら、そういうことだったんだな。売り場も増強するわけだ。うなぎそのものだけではなくて、うなぎ関連商品もたくさんある。う巻たまごとか、茶碗蒸しとか。うなぎの肝焼きのチルドパックなんかもある。肝吸いセットとか、ひつまぶし用のだしセットだとかそういうものまで。
うなぎ自体は国産からそうでないものまでずらっと並んでいるけれど、やっぱり4桁円なんだよな、というところはある。高いかやや高いか、くらいの違いしか感じられない。普段の買い物的な感覚でいると、牛丼屋で売っている3桁円のうな丼ならギリギリ手が出るかなというレベルなもんで、なかなかスーパーで4桁円のうなぎの蒲焼を買って帰ろうかな、というのはあまり考えないものだ。
ちなみに極端に安いものはもはやうなぎそのものではなく、代用品的なものである。別の魚のすり身で作ったうなぎのような何か、みたいなものもちょっとそそられるけれど、「脂ののったかまぼこ」という感想を見たことがあるのでそういう意味での気になり方だ。別物なのはわかっているので、むしろ単体としておいしいなら食べてみたいな、というくらい。そういう鋳物はやけに安い。見た目が鰻に擬態していて、パッケージとかも錯覚させるようなものなので、なんとなく手に取て眺めてみたりしてしまう。
とはいえ別にそれを買ってきたわけでもなく、うなぎを買ったわけでもないので、今日は普通の夜ご飯だった。
うなぎにこだわらず「う」が名前に付く食べ物を食べればよいという話もあるが、昼に食べた「うの花」くらいじゃないかな、うの付く食べ物。

まあそもそもこれまで、特に丑の日に限ってうなぎを食べたことがないかもしれない。深い理由は全くない。丑の日だから食べに行く、とかそういうことをしていないだけだ。うなぎ自体は年2回くらい食べることがあるけれど、こだわっているのは時期じゃなくて場所とかだしな。
もっとも、ちょっとした回転寿司のうなぎとか、太巻きに入っているうなぎとか、まあそういうものはもっと食べている。好きだから。食べたくて仕方がないけれど、なんとなくいつも我慢しているような、そんな食べ物だ。

しかしまあ夏になるとうなぎが食べたくなる、というのはあって、8月とか9月あたりで食べることは実際多いわけで、丑の日と被ることもそのうちあるかもしれないというくらいだろう。そもそもこの夏にうなぎを食べるかどうかもわからないわけだし(既に春先に食べているだけに余計にそう思う)。

とはいえこれだけスーパーなどでうなぎうなぎと目にすると、すぐにでも食べたくなってくるものである。手が出ない価格のものには本当にただただ手が出ないだけなのだけれど、それ以外の牛丼屋のうなぎとかはちょっと手が出そうになるんだよな、これが。
ひとしきり悩んで、メニューを眺めたり閉じたりして、結局買わなかったけれど、近いうちにうなぎが食べたいという思いが一段と強くなっただけだった。

うなぎ、いいな。うなぎ、食べたいな。来月あたりどこかでこっそり、うなぎを食べようかな。食べられたらいいな。
できれば人のお金で……なんて狡いことを考えたりもするけれど、うなぎ代を出してもらうというのはさすがに気が引けるんだよな。焼肉全おごりとかそういうのとはちょっと違うというか。やはり申し訳なさが勝ってしまうのだろう。値段は案外焼肉で食べまくった後の方が高かったりするのだけれど、そういう問題ではないんだよな。