言葉のリハビリ場

好きなことや思い出したこと、忘れていたこと、つらつらと文字にしています。

夏の腕時計

 


時計というと、それだけではいろいろな種類がある。前に時計博物館(松本市)なる場所に行ったことがあるが、かなり古いものから最新型までいろいろ種類があるもんだと驚いたものだ。

ただまあデジタル時計の発展形というか、今の時代スマホで時間を確認するようなことはかなり増えた。私の場合は朝起きるときの目覚まし代わりにも使っている。昔は目覚まし時計を使っていたのだけれど、それが壊れたから新しいものを買っていない。旅行先とかでも普通に設定できるし、ホテルや旅館の備え付けのアラームやモーニングコールなんかは結構面倒くさいから(関係ないけれど外国でモーニングコールを受けると寝ぼけているのもあってすごいビビる)。スマホを見れば時間もわかるし、まあそれでいいか、とはなるわけである。

 


腕時計は持っている。持っているし使っている。外出時には必ずつけていくが、昨今のこの暑さの中にあって、汗をかいてしまうのが辛いところではある。幸い、光で充電して使うタイプなので暑くてまぶしいような外でずっと付けていても特に問題はないのだけれど、でもまあやっぱり腕時計はすごく汗をかく。これは夏とかだと仕方がないことなんだけれど、例えば歩いているときは付けていても、電車に乗って座ったりするとしばらく外したりする。腕時計も自分の腕も両方乾かしたい感じがして。

腕時計はなんとなく精密機器感が薄いのもあって、身に付けるものだし汗で濡れても乾かせばいいかな……と思ってしまうが、これが例えばApple Watchとかだとどうするんだろう。濡れたり熱くなったりしたらもっと良くない気がする。本質的にはそんなに変わらないのかもしれないけれど。

どっちにしても、汗をかいたり陽に当たったりして、結構使用される環境が過酷な割には報われない、そんな腕時計である。腕時計のところだけ日焼けしていなくてくっきり跡が残ったりするので、間違いなく爪痕は残しているんだけどね。

 

 

 

そういえばPCを扱うときなんかも腕時計は外す。ノートPC限定の話ではあるが、キーボードで打鍵する際には私は手首を置くタイプであるので、早い話が腕時計が当たってしまって邪魔になるのである。ともすれば時計やPCが傷ついてしまいそうであるし、仕事中は会議の時なんか以外は基本的に腕時計を外してしまっているのが現状だ。

腕時計だがほとんど置時計。机の上に時計があるとそれはそれで便利なので、用途に合わせて使い分けるのがいいと思う。腕にずっとあるのが自然なんだろうけれど、邪魔になるくらいなら活用した方がずっといいと思う(光で充電するタイプならなおさら置いておく時間も必要だ)。何かしら試験とかの時はそもそも電子機器は使えないので腕時計でないと厳しいだろうし、活用するにはしているのだ。

 


だからこそ、壊れてしまった時、家とかに置き忘れてしまった時、意外とそのありがたみがわかったりするものである。

腕時計は習慣だ。ある時よりもない時の方がずっとその価値がわかる気がする。