言葉のリハビリ場

好きなことや思い出したこと、忘れていたこと、つらつらと文字にしています。

旅先では名物が食べたい病

旅行に行くと、当然楽しみの一つに食事がある。そこでしか食べられないものを食べることは旅行の醍醐味だ。しかしながら、毎食名物を頂こうというのは、なかなか難しい問題が立ちはだかって切る。
一つは金銭的問題。名物、特に観光客向けのものはとにかく値段が高いことが多い。海産物は特にそうで、地域にもよるがウニ丼なんて食べた日には3000円くらいとられることはよくあるし、それがうなぎに変わったとしてもだいたい同じことが言えるだろう。もちろんそうでない店も存在するだろうけれども、それをネットで事前に調べたり、あるいは実際に歩いて探したり聞いてみたりと、それなりに面倒くさい上にそもそも安く済ませられないどころか高くても元々「そういうもの」だったりするわけだ(ハレの日の食べモノだったりすると余計にそう)。1日や2日ならば旅行だからと思い切って食べて見ることもやぶさかではないのだが、これが5日6日と続いてくるとなると大変だし、資金が続かなくなってくる。
第二には、先にも少し書いたが調べるその労力だ。昼はまだしも、夜つまり夕飯が難しい。地方都市、それも駅ビルがあるような所であれば、その中に地場の飲食店が入店していることが多いので、それを食べに行くのが手っ取り早い。電車で移動している旅行であれば、宿泊先が駅からそう離れることもない。私の場合、離れる場合は温泉旅館など食事つきで楽しもうと予約している時くらいだ。だから大抵はまず駅ビルなどにどんな飲食店が入っているのか、そしてそれが果たして地元ならではの食事を楽しむことが出来る店なのか、を調べるわけである。これは実際は賭けに近い。駅の規模や地方の規模と、駅ビルに地元の食事ができる店が入っているかはイコールではないからだ。また、妥協点も難しい。例えば福島駅には名物の円盤餃子を食べられる地元の名店が入っているが、1時間以上並んでも入れるかどうかという人気ぶりだ。ここに並んで時間を使うのか、あるいは他の店に行くのか……でも餃子ならば他の店は駅チカにはない、じゃあ別のジャンルの店に……などとやっていると、また調べるところからやり直しだし、事前に複数の候補を調べるkと尾は出来ても、それが同じ方向、場所にあるとも限らず、そう言う意味で労力と見合わないことが出てくるのである。

なかなかこうして考えてみると、旅行先での食事は難しい。結局納得ができるかどうかなのだから、自分が納得してしまえばいいのだが、「後から名物を見付けて悔しい思いをする」体験をしたくないという防衛的な思想がきっと私をこうして悩ませることになっているのかもしれない。

しかしまあ、こういった時の妥協点として使いやすいものがある。
一つは海産物だ。地場系の回転寿司があればそれはもはや妥協ではないし、地ものが少しでもネタの中にあるならば多少チープな感じの店でも見なかったことにして食事をしてしまう。あとは海鮮丼なんかは非常にグレーではあるが、地元のものを食べているような気がする海鮮系の中ではわりと価格も高すぎず良い。
二つ目は、駅弁である。名物駅弁なんてのが理想だが、最悪「この地域の有名なものの駅弁」や「近くの駅の有名駅弁」でも構わない(事実私は秋田の東能代駅大館駅名物のとりめしを食べた)。地元の名物を弁当とはいえ手軽に楽しめるのは悪くないし、そのまま電車に乗るわけではないからコンビニで野菜や味噌汁なんかを足して食べることもできるから悪くない。ただしデメリットとしては、連れがいるときには流石に出来ないと言う事。基本的には独り旅の時のみの戦略である。
そしてこれは奥の手というか、最終手段として挙げられるのはずばりラーメンである。ラーメンと言っても、札幌ラーメンとか喜多方ラーメンとか、そういう確立したジャンルのラーメンではない。名古屋で言う「すがきや」のようなその地方ローカルでは有名なラーメンチェーンとか、そういうものでもない。もっとぼんやりとした「上州味噌使用」とか「地元産もやし使用」みたいななんとも言い難いけれども一応地元かな? といった代物である。確かに他では食べられないかもしれないが、特にそういう種類とかジャンルではなく、あくまで店が謳っている独自性を信じて食べに行くわけである。悪い話ではないが最終手段でもある。これがなければ大人しくコンビニに行ってせめてもの抵抗で「北関東限定」などと書かれた具の入ったおにぎりを買ったりするわけである。
ラーメンが嫌いなわけではない。むしろ好きだし、名物ラーメンは食べたい。だからこそ、名物ラーメンを翌日昼にでも食べるかもしれない前夜に食べたラーメンの思い出があっさりと上書きされたり比較されたりするような行為はしたくないのである。

私が北海道のセイコーマートのようなコンビニが好きなのはこんな面倒くさい背景があってのことである。何かと理由を付けて行動がしたくなるのだけれど、それこそ入りたければサイゼリヤにでも入って楽しく食事をしてしまえば良いのに、なかなかそれができないのはどうしたらよいものだろうか。